よかミカンの三国志入門
三顧の礼




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

石兵八陣(八卦陣)は実在した?陸遜が夷陵の戦いで破れなかった八卦陣

この記事の所要時間: 36




 

関羽の仇討ち、そして荊州の奪還のために出陣した劉備が、

若輩の陸遜に大敗するのが「夷陵の戦い」です。

今回は「三国志演義」に登場する

「石兵八陣」「石陣八陣」についてお伝えしていきます。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:夷陵の戦いを回避しようとしていた?孔明に比べて目立たない外交人・諸葛瑾の苦労

関連記事:桃園三兄弟の別れ 関羽の死から夷陵の戦いまでを辿る

夷陵の戦い諸葛亮が発案した石兵八陣で劉備は助かる

 

大敗した劉備を追撃する陸遜を惑わせたのが、諸葛孔明の罠でした。

追撃途中の魚腹浦にたくさんの石が配置してあり、そこから出ようとした陸遜は、

激しい風と山のように積み重なった石によって道に迷い追撃を諦めるのです。

 

 

これが「石兵八陣」または「石陣八陣」と呼ばれるものです。

この罠のおかげで劉備は無事に白帝城に逃げ込むことに成功します。

陸遜は諸葛孔明の舅である黄承彦のアドバイスによって

ようやくこの罠から抜け出すことができました。そして撤退します。

石兵八陣は実在したの?

 

諸葛孔明が発案したとされる「八陣図」ですが、あくまでも仮説です。

32の小部隊から成る方陣を大将の周囲八方向に配置するものになります。

敵の動きに対して臨機応変に変化できる陣形とされています。

 

石兵八陣もその類なのでしょうが、実在するものではありません

(白帝城にはその遺跡があるそうですが)。

三国志演義のフィクションです。

 

蜀びいきの三国志演義ですから、

夷陵の大戦で劉備が大敗しただけでは収まりがつかなかったのでしょう。

石兵八陣を登場させ、最終的に陸遜よりも諸葛孔明の方が優れているような設定にして、

蜀が劉備の失策によって数万の犠牲者を出したことから注意をそらしているのです。

 

伝説の企画 朝まで三国志 最強の軍師は誰だ

朝まで三国志1  

夷陵の戦いではどんな陣形で戦ってたの?

 

夷陵の戦いは、劉備の布陣を聞いて諸葛孔明が敗北を見抜いただけでなく、

魏の皇帝である曹丕(そうひ)も陣形を聞いて劉備の大敗を予言しました。

 

それが劉備の「長蛇の陣」です。

猇亭に本陣を置いた劉備は700里に及ぶ陣を敷きました。

猇亭から蜀の巫県までに築かれた陣営は40以上だったそうです。

当初は敵の動きに対応できる戦術を用意していた劉備でしたが、

陸遜が守りに徹したことで攻めあぐねて長期戦となり、

士気が下がったところで隙ができることになります。

 

関連記事:もし曹丕が夷陵の戦いの後に蜀に攻め込んでいたら蜀はどうなった?

関連記事:九品官人法(きゅうひんかんじんほう)は悪法?どうして曹丕は採用したの?

 

正史では夷陵の戦いはどんな戦争だったの?

 

怒涛の勢いで進軍する劉備に対し、陸遜はまずはその勢いを殺すことを考えます。

反撃のチャンスが訪れるまで、退いては守り、退いては守るのです。

半年もの間ひたすら耐え抜くことで、ついに劉備の陣に隙ができます。

陸遜の対応が後世の中国軍の戦略の模範となっています。

 

陸遜は火計をもって攻め込みました。

40の陣に対して、ひとつおきの20の陣に火を放ったのです。

分断された蜀軍は各個撃破され、陸遜は40以上の陣営を一気に踏みつぶしました。

劉備は馬鞍山に逃げ込んで態勢を整えるものの、

四方から攻められて総崩れとなり、夜陰に紛れて白帝城まで逃げました。

 

「三国志正史」呉書ではこのとき、徐盛潘璋

宋謙らが孫権に対し白帝城攻めの上奏をしていますが、陸遜は反対しています。

陸遜は魏の動きを読んでいたのです。陸遜の読み通り、

曹丕は三方向から呉を急襲します。

曹丕の目論見は外れ、陸遜らの主力はすでに撤退し、守りを固めていたのです。

 

関連記事:陸遜は兵法の本質を理解していた戦術家だったの?夷陵の戦いから読み取る陸遜の能力

関連記事:図解でよくわかる夷陵の戦いと趙雲の重要性

 

三国志ライターろひもとの独り言

 

単純明快に説明すると、

「劉備は大敗、陸遜は諸葛孔明の策によって撤退したのではなく、魏の侵略に備えただけ」

ということになります。

 

しかしこれだと読者は誰が主役なんだ?と混乱しますね。

完全にヒーローは陸遜になっているからです。

そこで三国志演義では、諸葛孔明を強引に登場させ手柄をたてさせます。

赤壁の戦いで周瑜を主役の座から引きずり落としたのと同じ理屈でしょう。

 

三国志演義が書かれた明の時代は朱子学が主流であり、

その象徴的存在である劉備や諸葛孔明はどこまでも

ヒーローとして民衆の尊敬を集める必要があったのです。

夷陵の戦いで黄忠張苞

関興が登場して活躍したのもそのための演出であり、フィクションになります。

 

まあ、その演出が面白いのが三国志演義の魅力であり、三国志が人気である要因なのですが。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:【夷陵の戦い】なぜ劉備は陸遜にフルボッコされたの?大敗北を考察

関連記事:もし劉備が夷陵の戦いに勝っていたら歴史はどうなった?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

ろひもと理穂

ろひもと理穂

投稿者の記事一覧

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください!

好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

関連記事

  1. 【魏の歴史事件簿】曹魏の4代皇帝曹髦の時代起きた事件をざっくりご…
  2. 体裁に騙されるな!陳寿が劉備以外を貶していた件
  3. 文化の違いを理解すれば三国志がより分かる!日本と中国では、こうい…
  4. 届け!お手紙、三国時代には郵便制度があった!?
  5. 軍略にも才能を発揮した蒋済(しょうさい)の進言集
  6. 公孫康(こうそんこう)とはどんな人?虚を捨て、実を取り遼東に安寧…
  7. 集まれ曹操の25人の息子たち・その1
  8. 【3分でわかる】魏・蜀・呉はどうやって兵力を手に入れていたの?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 三国志ライター黒田レン

おすすめ記事

  1. 項羽に勝ったのはこれだ!項羽に勝つことができた劉邦自らの自己評価とは?
  2. 実は面倒くさい性格?関羽のクレーマー事案を紹介
  3. 中華十弓は実在したの?仁淡兄弟は中華十弓に入れるの? 騎射の術に長けた騎馬兵士
  4. 徐晃の武器は本当にゲームで使っている武器なの??
  5. え、そうだったの?蜀の五虎将軍、実は存在しなかった?五虎大将軍の真実!
  6. 法正は名軍師だったの?性格が最悪な徳性なき蜀の天才参謀

三國志雑学

“はじめての三国志150万PV" はじめての三国志コミュニティ総合トピック
“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

まるでルイージマンション?曹操の自宅は、お化け屋敷だった!!英雄のお屋敷を徹底紹介! 第3話:三国夢幻演義 龍の少年「疎開の旅」配信中 朝まで三国志2017 三国志の最強軍師は誰だ! 第13部 三国志時代に降伏や降参するときはどうやってサインを出していたの? 【日本神話の逆襲】出雲王国とたたら製鉄に見る朝鮮半島との繋がり 旧約聖書の創世記に出てくるノアの方舟の元ネタは古代中国にあった? 曹操ファンは見ないでください!彼は本当に乱世の英雄だったの? うぐ、どうしても董卓と呂布に勝てない……!

おすすめ記事

  1. 橋本左内と吉田松陰、二人の天才が残した功績とは?
  2. はじめての三国志 4コマ劇場 「合肥の戦い」
  3. 【呉が好きな人は見ないで下さい】魏や蜀に負けるものか!俺達は呉の十二神将 呉の周瑜、孫策、程普
  4. 蜀の名将として名高い黄権も曹丕によるパワハラを受けていた!
  5. 【シミルボン】ありえん?三国志の外交交渉が頓智勝負だった
  6. 【シミルボン】孔明も騙した?蜀に似合わないテキトー人間 何祇の人生
  7. 【出身州別】三国志キャラの性格診断 第三回:青州(せいしゅう)、涼州(りょうしゅう)、并州(へいしゅう)編
  8. 『日経三国志』のテレビCMが、ACC賞フィルム部門でブロンズ賞を受賞!

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“邪馬台国"
PAGE TOP