三国志のヒゲのナイスガイ関羽が暗記するほど好んで読んでいたという春秋左氏伝。
呉を滅ぼしたメンバーの一人杜預が“自分には左伝癖がある”と言い、「春秋釈例」や
「春秋左氏経伝集解」といった注釈書まで書いてしまうほどはまりまくった春秋左氏伝。
そんなに面白い本なのでしょうか。
いったいどういう本で、どんなところがうけたのか、調べてみました!
関連記事: 司馬家の皇帝殺害を正当化するための故事が存在した!?晋国を安定に導く文言
この記事の目次
春秋左氏伝は『春秋』の注釈書
(画像:竹簡Wikipedia)
春秋左氏伝は、古代の魯の国の年代記『春秋』に左丘明という人が
注釈をつけたといわれているものです。
左丘明が何者かはよく分かっておらず、その人が春秋左氏伝を書いたかどうかも謎ですが、
とにかく「左氏伝」という名前の注釈書があるということで……。
「伝」は「注釈」という意味です。
『春秋』ってどんな本?
『春秋』は魯の国の年代記ですが、百聞は一見にしかずということで、
冒頭の部分の書き下し文を少し抜き出してみます。
隐公
元年春、王ノ正月。
三月、公、邾ノ儀父ト蔑ニ盟ス。
夏五月、鄭伯、段ニ鄢ニ克ツ。
秋七月、天王、宰咺ヲシテ来リテ惠公・仲子ノ賵ヲ帰ラシム。
九月、宋人ト宿ニ盟ス。
冬十有二月、祭伯、来ル。
公子益師、卒ス。
何年何月とか、誰が何したとか、時系列に沿ってできごとが羅列されてるだけみたいですね。
固有名詞の説明もなく、なにがなんだかさっぱり分かりません。
なんじゃこりゃ! 読めないよ!!
『春秋』の記述の仕方は、大昔に亀の甲羅や動物の骨なんかに記されていた
甲骨文の記述のしかたと似ているそうです。
甲骨文って、神事のメモ書きみたいなやつですよね。どうりでチンプンカンプンなわけです。
『春秋』の記述を解説してくれる「伝」
左氏伝では、『春秋』の「元年春、王ノ正月。三月、公、邾ノ儀父ト蔑ニ盟ス」という部分に対して
50文字以上も注釈がついています。その和訳は下記の通り。
元年春、「王の」とあるのは、周暦の正月を示す。
即位のことが『春秋』経文に記されていないのは、隠公が摂政だったからである。
三月、「公、邾ノ儀父ト蔑ニ盟ス」とあるのは、邾子克のことである。
周王からまだ策命を受けていないので、(邾子と)爵名では記さない。
「儀父」と〔字(あざな)で〕記したのは、これを尊重したのである。
隠公は摂政として立ち、隣国の邾に友好関係を求めた。そこで蔑の盟を行なったのである。
『春秋』の簡潔すぎる記述について、背景を説明してくれています。
なるほど、隠公という人が摂政として魯の政治を執り行うことになったので、
お隣の邾という国の克さんって人と蔑という場所でミーティングを行ったんですね。
「伝」のおかげで、事態がちょっぴり理解できました。「伝」、便利です!
デンデンデデンデン! いくつもある「伝」
『春秋』の注釈書は古今たくさん書かれています。
代表的なものは「左氏伝」「公羊伝」「穀梁伝」です。あわせて「春秋三伝」と称されています。
「穀梁伝」は「公羊伝」の影響を受けていると言われていたり主張が半端だったりするらしく
なんとなく影が薄いのですが、「左氏伝」と「公羊伝」はメジャーです。
「左氏伝」は歴史上の出来事をガッツリ書いてくれていて叙事詩みたいな雰囲気です。
「公羊伝」は一問一答形式で文言の解釈をしてくれているもので、
読んでいると、なんとなく六法全書の解釈のお勉強とかをしているような気分になります。
「左氏伝」のどこがよかったのか
関羽も杜預もはまった「左氏伝」。「公羊伝」と比べてどこがよかったのでしょうか。
1.読み物として面白い
歴史上の事件を中心に理解を進められますから楽しみながら『春秋』の批判精神を
読み解くことができます(『春秋』は淡々と歴史を記しているようでありながら、
微妙な言葉遣いの違いによって「これは正しい振る舞い」「これはひどいふるまい」という
儒教的ジャッジを下している書物だということになっています)。
2.具体的かつ実践的である
出来事を中心とした記述ということで、ケーススタディのように、
具体的シチュエーションに対する行動規範として理解しやすく、実践的なのもいいところです。
法律関係のお勉強に例えれば、「公羊伝」は文言や理念の解説書のような雰囲気であって、
「左氏伝」は判例集みたいな感じです。
3.合理的である
「公羊伝」は漢の時代に君主権力強化に使われた歴史があり、
人が悪いことをすると天災が起こるというような神秘的な思想とも結びついていました。
これに対し、「左氏伝」は合理的な解釈をされていたため、合理主義でゴリゴリと
政治を実践していきたい三国時代の心ある士人のニーズに合致していました。
こんな理由から、三国時代には春秋左氏伝が流行ったんですね。
三国志ライター よかミカンの独り言
『春秋』は本文が意味不明なほど簡潔すぎることから、いろいろな注釈をつけられて、
その時代時代で都合のいい解釈をされて利用されてきました。
杜預は春秋左氏伝マニアでしたが、賢い彼は『春秋』の解釈を通して時の権力者に
迎合するようなこともしていました(“『春秋』のこの部分はこういう意味ですから
殿のなさっている事は義にかなっております”的な)。
一方、関羽はどうだったでしょうか。関羽は武人だったので、純粋に歴史に思いを馳せながら
義を学ぶことが好きだったのではないでしょうか。
歴史物語として楽しむもよし、いじくりまわして政治の道具にするもよし。
「春秋左氏伝」、なかなか使える書物だったようです!
参考文献:
『春秋左氏伝(上)』 小倉芳彦 訳 岩波文庫 1988年11月16日(書き下し文・和訳引用元)
『儒教と中国「二千年の正統思想」の起源』 渡邊義浩 著 講談社 2010年10月10日
『中国詩文選3 書経 春秋』 清水茂 著 筑摩書房 1978年3月15日
関連記事:杜預(どよ)ってどんな人?破竹の勢いで有名になった政治家
関連記事:規制緩和は正しいの?2100年前の中国で起きた経済論争