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杜預(どよ)ってどんな人?破竹の勢いで有名になった政治家

この記事の所要時間: 546

 

今回、はじめての三国志で紹介する人物は、馬にも乗れず、弓術や剣術がめっぽう弱い杜預(どよ)です。

 

えッ。そんな武将紹介する必要なくない。そんな事はありません。

この杜預はすごい人で三国志になくてはならない武将です。

今回は三国時代終盤に出現し、天下統一の仕上げを果たした人物、杜預を紹介していきたいと思います。

 

一つの事を研究し極めた杜預

名門出身の坊ちゃん杜預は弓も剣術もできない、馬に乗せたら落馬する武将の資質が全くありませんでした。

しかし彼にはだれにも負けない物が一つだけありました。

それは史書を読む読書量と研究です。特に「春秋左氏伝」を中心に研究しておりました。

青年期は朝廷に仕えず、史書の研究に時間を当てています。

研究に没頭していた杜預ですが、司馬昭の娘を嫁に迎えた事で、朝廷に仕えることになります。ここから晋の名将・杜預の道が始まります。

 

国の基盤となる法律作りを手掛けた杜預

 

杜預はしっかりとチャンスをつかめる名指揮官です。

しかしいきなり戦闘の現場指揮官として頭角を現したわけではありません。

まずは政治家としての道を進んでいきます。司馬昭の重臣賈充と共に法律の制定を手掛けます。

役人の昇進や降格に対する法を制定する際に杜預は「毎年、人望のある役人には優のマークをあげます。

また素行や評判の良くない役人には劣マークを一つ上げます。このマークを毎年一つずつ上げていきます。

6年後にマークの集計を行います。

この時、優のマークをいっぱい持っている役人を昇進させます。また優のマークと劣のマークが等しくあった場合は少し昇進させます。

最後に劣のマークを大量に持っている役人は降格させたり、左遷させたりすればよいでしょう」と画期的なアイデアを上司に進言します。

現在では取り入れている出来高制の先駆けといえる法律でありますが、この当時、画期的過ぎて受け入れてもらえませんでした。

 

船の転覆事故が多発、橋の工事を提案

 

その後、杜預は孟津で船の転覆事故が多発していたことを聞き、橋の架橋工事を提案します。

しかし、朝廷に仕える臣は「周や殷(古代中国の王朝名)では自らの都に橋を造らなかった。その為橋を作る必要がない」と言い杜預の提案を退けます。

しかし杜預は「『船を作って橋となす』と故事にあるではないか。

これは船を橋の代わりにして船橋を作ったという証ではないのか」と反論し、反対した臣を納得させます。

その後、杜預はしっかりした橋を作ったため転覆事故は激減しました。

このように杜預の政策に無駄が無く的確な政策をすることで名を高からしめ、実績を積んで行きます。

 

喧嘩が原因で2回もくびに

photo credit: AYP0703013 via photopin (license)

photo credit: AYP0703013 via photopin (license)

 

朝廷で国の基盤について学び実績を上げた杜預は、異民族討伐の命令を受けて出陣します。

反乱を起こした異民族の勢いは激しく、さらに装備が充実して兵は強く、向かう所敵なしの状態でありました。

しかし、一緒に出陣した上司から「杜預、敵を蹴散らして来い」と命令を受けます。

 

杜預は「勢いのある異民族にいま立ち向かっても、負ける可能性が大です。

こちらの装備を整え、訓練をしっかり行ってから出陣したいと思います」と出陣することの不利を上司に進言します。

 

司馬炎 はじめての三国志

 

上司は激怒して「杜預は、自らの陣営を飾り付けて、戦いに行きません。」と皇帝である司馬炎(しばえん)に諫言します。

この諫言を聞いた司馬炎はすぐさま杜預を連れ戻し、爵位を剥奪します。

 

その後、異民族討伐に向かった上司はコテンパンにやられてしまい、杜預の予想通りの結果になります。

杜預の軍略を認めた司馬炎は爵位を与え、匈奴討伐へ向かわせます。

杜預は討伐軍を動かさないことを決めた後、軍勢が駐屯した地域の農業生産力を拡充させ、近隣都市の財政も立て直します。

しかし、ここでも杜預は上司と口論となり、解雇されてしまいます。

だが統治者としての能力を見せつけた杜預は、喧嘩のした罪が許されて再び晋に仕えます。

 

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「破竹の勢い」で呉を倒した名将・杜預

 

さて政治家・統治者として成功を重ねていた杜預です。

杜預の能力の高さを見抜いた羊祜(ようこ)は、杜預を後任に推薦した後、亡くなります。

杜預は羊祜の後任として荊州に赴きます。しばらく領地経営を続けながら、呉の内情を調べます。

調査した結果、呉が衰弱していることを見抜いた杜預は「呉の討伐は今です。すぐさま出陣するべきです」と司馬炎に進言します。

 

【次のページに続きます】

 

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