三国志演義にはときどきオカルトチックな話がでてきます。曹操に殺されそうになった左慈が羊に化けて羊の群れに紛れ込んだ話。糜竺が彼の家に火事を起こす任務を受けてきた神の使いに偶然会って、火事が起こる前に避難することができた話。
諸葛恪が外出先で殺された時、家にいて事情を知らないはずの侍女が「孫峻に殺された!」と叫んだ話。これらはいずれも中国の古いオカルト話集『捜神記』に載っています。内容盛り沢山、みどころ満載の『捜神記』をご紹介します!
この記事の目次
歴史家が書いた怪異の記録
『捜神記』の著者は東晋の干宝です。干宝は佐著作郎という官職についていましたが、丞相の王導の推薦で国史(国家の歴史を書き記す役職)を兼務することになり、西晋の歴史書『晋紀』を書きました。のちに散騎常侍まで出世しました。
つまり干宝はエンタメ作家ではなく、国の正史を記す史家であり、れっきとした官僚でした。『捜神記』は志怪小説というジャンルに位置づけられていますが、干宝は自分が集めた情報の中から超自然的要素のものをまとめて編纂したのであって、娯楽のための面白話集を作っているという意識はなかったと思います。
人々が語り伝えている超自然的な話は口伝えの過程で自然と物語っぽく洗練されてくるので、結果として物語っぽく面白くしあがったものが多く、それらが人々の心をつかみ、後世そういう感じの創作話が作られるようになり、仏教説話や道徳話とからみながら、のちの伝奇小説というエンタメ目的の創作小説のジャンルにつながっていきました。
『捜神記』編纂の動機
『晋書』の干宝の伝によれば、干宝は身近におこった二つの超常現象をきっかけに、不思議な話を集めるようになったそうです。干宝が見たという一つ目の超常現象は、墓の中で十年以上生きていた侍女の話です。干宝の父親が亡くなった時、父が寵愛していた侍女を干宝の母は嫉妬のため生きたまま干宝の父の亡骸と一緒に埋めてしまいました。
十数年後、母が亡くなり、父と合葬するために墓をひらいてみたところ、かつて生き埋めにされた侍女が生きている人のような様子で横たわっていました。介抱すると息を吹き返し、墓の中にいた間は干宝の父が食べ物を持ってきてくれたと語りました。よみがえった侍女は家の中の吉凶をすべて言い当てる能力を身につけていました。のちに結婚してふつうに子供を産んだそうです。
二つ目の超常現象は、干宝の兄の臨死体験です。干宝の兄は病気で息が絶えて数日経っても身体が冷たくならず、後に目覚めてこう言ったそうです。「天地の間の鬼神の様子を見た。今は夢から覚めたようで、自分が死んでいたとは知らなかった」
干宝は世に伝えられている超常現象の話を作り話だとは思っていなかったようで、『捜神記』の序文でこのように言っています。「其の著述するに及びては、亦た以て神道の誣わらざるを明らかにするに足るなり。(私の著述は超現実的な摂理が虚妄なものではないと明らかにするに足りるであろう)」
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オカルト全部載せ、逸話増し増しで!
『捜神記』の内容は盛り沢山です。『史記』の最初のほうに載っていてもおかしくなさそうな真面目な神話から、とんち話や名裁判、身の毛もよだつ怪談に、たたりや予言。盛り沢山すぎて “これ統一感大丈夫なの?”と思うほどです。『捜神記』の原書はいったん世の中の書類目録から姿を消しており、現在読まれているものは明の時代に突如として刊行されたもので、他の人の書いたものが一緒にくっついたりしており、干宝が編纂したままの状態ではありません。
もともとの『捜神記』もけっこう盛り沢山だったようですが、さらに伝えられる過程でなんとなくオカルトっぽいからこれも一緒にくっつけとけ、とか、おもろいからこれも足したろ、という感じでよけいに盛り沢山になったのではないでしょうか。
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盛り沢山すぎる内容
どう分類すればいいかも分からないほど盛り沢山すぎる『捜神記』の内容を、思いつくかぎり列挙します。
真面目な神話(人間のお姫様と結婚した犬・槃瓠が武陵蛮の祖先、など)、予兆(2本足の虎が現われるのは戦乱がおこる予兆、など)、死後の世界の話(亡くなった親に会うなど)、幽婚(死者と生者が交わる話)、地獄の使いの話(ある人を冥界に連れて行こうとした死神役の役人が、死ぬ予定の人に懇願されて他の人を身代わりにつれていくなど)、超人伝説(スーパードクター華佗など)、まじめな人に天が報いる話(親孝行な人のところに天女が押しかけ女房式にやってきて機織りなどをして利益を与えるなど)、仙人や仙術勝負の話、死者が生き返る話、予言や超能力の話、怖い妖怪や幽霊の話、恩返しやたたりの話、土地神や祠の話、親孝行な人の話
日本の昔話や怪談のルーツらしきものも!
『捜神記』には日本の「天女の羽衣」や「のっぺらぼう」に似たプロットのお話もあり、中国のお話が日本の昔話に影響を与えたんだろうな~という感じです。『捜神記』では羽衣じゃなくて鳥人間が脱いだ毛衣を男が隠すんだったり、「あんたがさっき見たのはこんな顔だったかい?」と言うのがのっぺらぼうじゃなくて恐ろしい形相をした幽霊だったりするところが少しずつ違います。
信州の昔話「お蚕さま」は『捜神記』の菀窳婦人の話とおおむね同じです。いずれも人間の娘と結婚できると思っていて裏切られた馬が娘と一緒に蚕になってしまった話です。(「お蚕さま」のほうが娘と馬が純愛ですが)『捜神記』の、旅の男が三つの予言を聞いてさまざまな困難を乗り越えるなんていう話も、山口の昔話「和尚さんの三つの忠告」に似ています。
『捜神記』では旅先から帰った男が間男に殺されずに済む話ですが、日本の昔話では盗賊にやられずに済むという話になっています。(間男→盗賊って、日本のほうがちょっとマイルドですね)
他には、夜寝ている間に首だけ飛んでいって遊んで帰ってくる女の話というのがろくろっ首っぽかったり、古くなった道具がものをしゃべるようになって怪異をなすなんていう話も日本の昔話にありがちな感じです。天女の羽衣みたいな話は世界各地にあるそうで、『捜神記』と日本昔話で共通する内容が必ずしも中国由来だとは断言できませんが……
『捜神記』のみどころ
『捜神記』のみどころを、思いつく限り列挙します。
★怪異の記録なので、話として興味深い
★当時の人々の世界観を垣間見ることができる(怪異が事実として伝えられていた)
★創作小説のルーツとして、物語のテンプレ化の過程に思いを巡らすことができる
★三国志や南北朝の時代の服飾や文化が分かる(ファッションと世相を関連づけた話多数)
西晋の元康年間(西暦291年~)には貴公子の間でざんばら髪に裸で飲酒するのが流行ったんですと!
★歴史上の人物にまつわる怪異譚がある(諸葛恪、袁紹、賈充など)
賈充が幽霊に誘拐されて怖いことを言われてふらふらになりながら帰ってきた話がありますが、
それを読むと賈充は東晋の時代には嫌われ者だったんだね、ということが分かり面白かったです。
★『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』と読み比べると、
夢枕獏さんがどういう素材をどう料理したか垣間見ることができ興味深い
三国志ライター よかミカンの独り言
『捜神記』には三国志の時代やその次の西晋・東晋の時代の話が多く、歴史書だけでは分からない時代の空気感を味わうことができるため、三国志ファンの方ならきっと楽しむことができる本だと思います。特に、西晋から東晋にかけての混乱期の様子を臨場感を持って理解することができます。
三国志の結末である晋の天下統一からわずか10年後の西暦290年には八王の乱の兆しが見え始め、304年には異民族の劉淵が晋朝から自立しています。三国志は天下泰平めでたしめでたしで終わったんじゃないんだな~ということを、私は『捜神記』を読みながら感じました。
参考文献:『捜神記』干宝 著 竹田晃 訳 平凡社 2000年1月24日
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