キングダム
if三国志




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

馬岱は馬超と蜀に降ったのに何故龐徳だけ漢中に残った?

ホウ徳




馬超と龐徳

 

馬超(ばちょう)には自分の両腕と言えるほど信頼していた人物がいたのをご存知でしょうか。

その二人の人物の名前は馬岱(ばたい)龐徳(ほうとく)です。

しかし馬岱馬超と一緒に蜀へ仕えましたが、龐徳曹操に仕える事になります。

どうして龐徳馬超と一緒に蜀へ来なかったのでしょうか。

龐徳の活躍を紹介しながら彼が蜀へ来なかった理由を紹介していきたいと思います。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

 

関連記事:龐徳(ほうとく)ってどんな人?忠烈な最期を称えられた魏(義)の猛将

関連記事:曹操に仕える前の龐徳って何してたの?地方の役人として後漢王朝に仕えていた男の人生

 

 

馬騰軍一番の強さを誇った龐徳

馬騰軍一番の強さを誇った龐徳

 

龐徳は馬超の部下となる前、馬超の父・馬騰(ばとう)の部下として仕えていました。

龐徳は馬騰の部下として馬騰の領内へ侵攻してくる異民族を撃退したり、

曹操(そうそう)の要請を受けて袁家の残党討伐戦に参加して戦功を挙げて活躍していました。

この結果、龐徳は馬騰軍の中で一番の勇将として知られることになります

その後馬騰が曹操に殺害されると馬超へ仕える事になります。

 

 

連戦連敗の馬超

連戦連敗の馬超

 

龐徳は馬超に付き従って曹操軍と幾度も戦います。

しかし馬超は曹操軍へ戦を挑むたびに何度も敗北。

龐徳も馬超の部下として曹操と戦をしますが、

勝ち戦を得ることなく何度も敗北することになります。

その後龐徳は馬超にしたがって漢中の軍閥・張魯(ちょうろ)へ身を寄せることになります。

 

北伐の真実に迫る

北伐  

馬岱は馬超と一緒に蜀へ。龐徳は曹操に仕える。

馬岱は馬超と一緒に蜀へ

 

馬超はその後張魯にお願いして曹操の領土となっている自分の土地を取り戻すために幾度も北伐を開始。

しかし馬超は曹操軍に勝つことができずに敗北してしまうのでした。

そんな時、馬超は「俺の仲間になってよ」と劉備(りゅうび)から誘いを受け、

張魯の元を離れて劉備の元へ向かいます。

 

このとき、馬超の従兄弟であった馬岱は馬超と一緒に劉備の元へ向かいます。

しかし龐徳は漢中に残り、漢中が曹操の領土なった時、曹操へ仕える事になります

どうして龐徳は馬超と一緒に蜀へ行かなかったのでしょうか。

 

龐徳が蜀へ行かなかった理由その1:馬超の負け癖に辟易していた??

馬超の負け癖に辟易していた龐徳

 

馬超は曹操を倒すため何度も執拗に攻撃を挑みます。

しかしその度に馬超軍は敗北することになり、

馬超軍を率いる龐徳も何度も敗北を経験することになったでしょう。

そのため龐徳は馬超とこのまま一緒にいてもまた負け続きの戦いを強いられる事に嫌気が差してしまい、

馬超の元を離れてしまったのではないのでしょうか。

 

龐徳が蜀へ行かなかった理由その2:未来への展望がない事に絶望した??

未来への展望がない事に絶望した龐徳

 

龐徳が蜀へ行かなかった理由その2としては

馬超に従って劉備の元へ行っても未来への展望がないと考えていたからではないのでしょうか。

 

馬超が劉備の元へ向かった時は、劉備が蜀を奪ったばかりでまだまだ発展途上の状態でした。

龐徳は馬超と一緒に発展途上の国・蜀へ向かっても未来への展望が描きにくいことから、

超強大で天下の半分以上を支配していた曹操の元へ身を寄せたのではないのでしょうか。

 

龐徳が蜀へ行かなかった理由その3:馬超に不満をもっていた!!

馬超に不満をもっていた龐徳

 

龐徳が蜀へ行かなかった理由その3としては

馬超と仲が良くなかった事が考えられるのではないのでしょうか。

龐徳は馬超と一緒に各地を転戦して武功を挙げ続けていましたが、あまり報われていなかったようです

 

正史三国志によれば龐徳が馬超から何かもらったような記載は一切ありません。

そのためもしかしたら龐徳はこんなにがんばっているのに正当な評価をしてくれない馬超に不満を持ち、

馬超が蜀へ向かうと知った時、彼は馬超と縁を切る決断をしたのではないのでしょうか。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レンの独り言

 

レンはこれら三つの理由から龐徳が馬超に付き従わなかったと思っています。

ではどうして馬岱は馬超に付き従ったのか。

この理由については憶測ですが、レンはこのように考えます。

 

馬超は龐徳や他の将軍には冷く、

最後の生き残りの身内・馬岱には甘かったのではないのでしょうか。

馬超が馬岱に甘かった理由として考えられるのは、

馬超が亡くる間際の遺言から推測することができます。

 

馬超は劉備へ「私の一族は、ほとんど曹操に殺されてしまいましたが、

従弟の馬岱のみが生き残っています。

馬氏の祭祀を守らせる者として陛下にお預けします」と残しています。

わざわざ馬超が劉備へこのような遺言を残す必要なんてありません。

 

ここから考えられることは自分が亡くなった後、

馬岱を引き立ててほしいとの要求からこのような遺言を残したと考えれば、

馬超が身内に甘かったと推測することができるのではないのでしょうか。

そしてこのことから馬超は身内である馬岱には甘く優遇し、

身内ではない龐徳は冷遇されていたと考えることができるのではないのでしょうか。

【参考文献】 正史三国志魏・蜀書など

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:ゴルゴ13もびっくり!三国志のスナイパー武将・龐徳・太史慈・呂布

関連記事:魏の夏侯惇・許褚・龐徳の息子達は優秀だった?気になる将軍たちの息子事情

 

日々の生活を工夫で楽しくする『三国志式ライフハック

三国志式ライフハック  




黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 【三国志星座占い】諸葛亮は双子座?
  2. 晋の陳寿 体裁に騙されるな!陳寿が劉備以外を貶していた件
  3. 五胡十六国の火種は曹操が撒いた?各時代の異民族を紹介
  4. 過労死する諸葛孔明 【孔明死後の三国志に詳しくなろう】司馬師打倒の兵をあげた毌丘倹の…
  5. 蜀は龍を。呉は虎を。魏は狗をで知られる諸葛誕の一族が一番優秀だっ…
  6. 羊コ 羊祜 魏と晋 三国時代から西晋時代を駆け抜けた羊祜の魅力とは
  7. 【徹底調査】諸葛恪の欠点とは一体何!?
  8. 蜀の姜維 姜維も食べた剣門豆腐の由来と中華豆腐レシピを紹介

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. バナー はじめての三国志コミュニティ300×250
  2. 曹丕
  3. 豊臣秀吉 戦国時代
  4. 怒る曹操
  5. 三国志ライター黒田レン
  6. 長安(俯瞰で見た漢の時代の大都市)

おすすめ記事

  1. 【衝撃の事実】邪馬台国の重臣・難升米(なしめ)の子孫が大和朝廷の重臣だった? 難斗米(なしめ)
  2. 76話:孔明による材料も手間もなく矢を造る方法
  3. 62話:徐庶を手に入れたい曹操、程昱の鬼畜な計略を採用し劉備から徐庶を奪うの巻 徐庶をゲットする曹操
  4. 大久保利通の身長は?幕末時代の身長が高かった偉人たち4選
  5. キングダム 533話 ネタバレ予想:爆誕!飛信軍
  6. 来敏(らいびん)とはどんな人?孔明が魏延よりも苦手だった学者 腐れ儒者気質な孔融

三國志雑学

“はじめての三国志150万PV" はじめての三国志コミュニティ総合トピック
“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 子供 桃園

おすすめ記事

どもっていても秀逸な政策と卓抜な戦術を提案した鄧艾に迫る 孔明もコペルニクスに似ていた 【捜神記】火星にときめいた人向け!1800年前の三国志時代にも肉眼でスーパーマーズが見えていた 晏嬰(あんえい)とはどんな人?孔明の好きな梁父吟を作った春秋戦国時代の名宰 公孫瓚の武力の強さは独自の戦闘組織にあった 孫呉のラストエンペラー・孫皓を支えた陸抗と陸凱の逸話 アンゴルモア元寇合戦記一巻ネタバレレビュー 【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第十三話「城主はつらいよ」の見どころ紹介 幕末の偉人は外国人をどのように思っていたの?

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集
“西遊記"

“三国志人物事典"

PAGE TOP