中国・西安の秦兵馬俑博物館に行ってきた


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兵馬俑

 

(しん)始皇帝(しこうてい)が、死後の世界で君臨するために築いた巨大な陵墓。

中国・西安の市街から30kmほどの地点に始皇帝陵があり、その周辺の地下には広範囲にわたって副葬品が埋められています。

墓地の全容はあたかも一大都市のようであるとも言われており、発掘されているのはまだ一部です。

始皇帝陵から1.5kmほどの地点にある兵馬俑坑は、始皇帝の近衛軍団をかたどった陶器の(よう)(人形)が発掘された現場です。

実寸大か、あるいはそれより若干大きめの兵士や馬が、ばっちりと装備を身につけ、本物の軍隊さながらにびっしり。

私こと よかミカン、その現場の秦兵馬俑博物館に行ったことがありますので、体験談など書かせていただきます。

 

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タクシーをチャーターしてらくらくアクセス

 

私は西安へは出張で行きました。

商用が早めに終り、一日半の時間があいたので、同行していた年配の男性社員と一緒に一日半の西安観光をすることにしました。

一日目は郊外、二日目の午前は西安市街を観光するという計画で、タクシーを一日半チャーターしました。

ホテルの人に手配してもらったので、清潔感のある感じのいい車と運転手さんを選んでもらえました。

冒険心のある方はタクシーを自分で選んで交渉するとか、タクシーはやめてバスを乗り継いで行くというのも楽しいかと思いますが、手っ取り早く観光

したいだけならホテルでお願いするのが楽です。

 


 

目的地は秦兵馬俑博物館、華清池、半坡博物館


秦兵馬俑博物館

 

一緒に観光した年配の男性社員の方は、中国好きでもなければ歴史好きでもなく、せっかく西安で時間があるからどこか主立ったところに連れてって、

という感じだったので、私がツアーコンダクター兼ガイド兼通訳みたいなことをしました。

西安郊外には見所が多すぎて一日ではまわりきれないので、絶対外せない兵馬俑をメインとして、そのルート上にある華清池と半坡博物館をまわることにしました。

午前中にたっぷり時間をかけて兵馬俑博物館、その後、近くのレストランでランチ、午後は華清池と半坡博物館です。

華清池は玄宗皇帝と楊貴妃のロマンスの現場となった温泉地、半坡博物館は新石器時代のすっごいものがゴロゴロ発掘されている半坡遺跡の博物館です。

始皇帝陵は兵馬俑の近くなのですが、行ってもお山を登るだけかなと思ってカットしました。

始皇帝に思い入れのある方は、そこにも登ってみられると感慨深いものがあるかもしれません。

 

—熱き『キングダム』の原点がココに—

春秋戦国時代


 

兵馬俑に到着

 

西安市街から秦兵馬俑博物館までは道もよく、カーブもほとんどなく、たいへんスムーズでした。

道ばたにはバスを待っている人たちがちらほらいましたから、路線バスで行くとけっこう面倒なのかもしれません。

秦兵馬俑博物館は、広々とした平地に体育館のようなビニールハウスのようなバザールのような建物がいくつかあり、その建物の中に遺跡があります。

穴ぼこを掘って、その穴の中に副葬品がある、という状態の上に、建物をかぶせた感じです。

駐車場でタクシーを降りると、日本語で「ガイドはいりませんか」と声をかけられました。

私は海外で日本語で話しかけられても「?」みたいな顔をして通り過ぎる習慣があるのですが、一緒に行った人が「お願いしようよ」と言ったので、

お願いすることにしました。

ガイド料は10元くらいだったかと思います(今から10年以上前の話です)。

感じいい人で、日本語もまずまずでしたが、展示内容にとりたてて詳しいということはありませんでした。

旅の思い出としては楽しかったですが、情報量としては自分で説明書きを読みながらまわっても同じだったかな……。


  

 

第一号坑は壮観な例のあれ

 

「兵馬俑」と言われて思い浮かべるのは、武装した兵士や馬車が隊列を組んでずらりと立ち並ぶあの光景ではないでしょうか。

一号坑展示庁と呼ばれる建物に入ると、それを見ることができました。

左右62m、奥行き230mの範囲に、6000体ほどの兵馬俑が配されています。

奥のほうには掘り出された状態のまま倒れている俑もありましたが、前列のあたりはきちんと立って隊列を組んでいます。

様々な兵器を持っていたとおぼしき兵士、馬や御者など、いろんな俑がいます。

軍隊の隊列をリアルに思い浮かべることができました。

また、三国志演義などで「兵5000を授ける」なんていうセリフがよくありますが、5000の兵を預かるというのはだいたいこのくらいのスケールなのか、

とイメージすることもでき、楽しかったです。

 

兵馬俑のすごいところ

 

兵士も馬もほぼ実寸大で、それを何千体も作って運んで並べるだけでも並大抵のことではありません。重たいですし、途中で割れるおそれもあります。

それだけでもすごいですが、一人一人、顔や髪型、服装が違っており、ベルトや靴紐のような細部まできちんと作られています。靴の裏の滑り止めの

イボイボまで再現されています。

発掘されて時間が経つと色が抜けてしまうのですが、最初は色も塗られていたそうです。

顔は肌色に、鎧の札(さね)は黒に、札をつなぐパーツは赤に、中に着ている服は緑色に、という具合。

布に模様がついている場合は、模様もきちんと色分けして塗られていたようです。

兵俑の表情からは人柄さえも感じられ、勇壮な表情の人、優しそうな表情の人、賢そうな人、誰も彼も誇りと緊張感を持って任務についているような

雰囲気でした。

十日間くらい泊まり込んで毎日朝から晩まで眺めてもきっと飽きないと思います。

 

兵馬俑の発見者・楊志発さん

 

一号坑では写真などでおなじみのあの兵馬俑の隊列を見ることができましたが、他の建物では穴の中でぐちゃぐちゃになっている

堀りかけの状態なども見ることができました。

この場所はこんなのが埋まっている、みたいな説明書きもあり、読みながらまわると楽しめました。

発掘したものが陳列されている建物もありました。

その建物の中に、黒い人民服を着た優しそうなおじいさんが座っていました。

その人は兵馬俑を発見したという楊志発さんで、当地で井戸掘りをしていた時に兵馬俑が出てきたそうです。

私たちのガイドさんが楊さんに「この人たちは日本人ですよ」と言うと、楊さんは嬉しそうに笑って「日本から来たんかい。私は長崎に行ったことがあ

るよ。日本の歌も歌えるよ。咲いた~咲いた~」とチューリップの歌を歌ってくれました。

ガイドさんが私たちに「ガイドブックを買えばサインをしてくれますよ」と言うので、そういう商売なんかい、と思いつつも旅の記念に一冊買って、

サインをしてもらいました。

 

写真はそのサインですが、簡体字で「杨志发」と書いてありますよね。

楊志発さんはとても優しそうで感じのいいおじいちゃんでした。

 

その後のツアー

三国志ライター よかミカンさん

 

秦兵馬俑博物館はとても素晴らしかったので、機会がありましたらぜひ行ってみて下さい。

さて、のんびりと兵馬俑を見たあと、遅めのお昼をとることになりました。

タクシーの運転手さんに手頃なレストランを見つけてもらって、私と、一緒に行っていた男性社員の方と、運転手さんの三人で、

スープ、メインディッシュ三皿、チャーハン、という、ベーシックな会食をしました。食事代は男性社員に出してもらいました。

中国では割り勘の習慣があまりないので、とりあえずまとめて払ってもらって後で二人で割り勘しましょうと言ったら、

いいよ僕がおごるよ、ということになった次第です。

運転手さんは、自分の分は出します、割り勘にしましょう、と言っていましたが、こちらの都合で連れ回しているのでご飯代くらいこちらで出しても

間違いじゃないと思います。

ツアーの次の目的地の華清池については、他の記事で書きましたのでそちらをご覧下さい。

 

楊貴妃と玄宗が愛を育んだ温泉地華清池によかミカンが行ってみた

 

もう一つの目的地の半坡博物館は、工事中で入れませんでした。

代わりに西安市街から4キロほどの場所にある大雁塔へ行きました。

平山郁夫画伯の「明けゆく長安大雁塔 中国」の絵で有名ですよね。

大雁塔を見て、長安に来た~という気分を味わいました。

 

三国志ライター よかミカンの独り言

 

兵馬俑の展示は日本でも見たことがありましたが、現地では、そのスケールや、現場ならではの雰囲気を味わうことができました。

ガイドさんや運転手さんや食べ物なども、いい思い出です。

ガイドさんと言えば、博物館を出たところの土産物売り場でガイドさんに兵馬俑のお土産をすすめられて、一つ買って帰ってきました。

どこにでも売っていそうな兵馬俑をかたどった小さい陶器の人形なのですが、

「これは空港で売っているようなものとは違います。この現地にある土で作ってあるんです」と言われて買いました。

真偽のほどはさておき、旅の記念に。兵馬俑、好きですし。

そのとき買った跪射俑は、今も寝室に魔除け代わりに置いてあります。

 

兵馬俑の中ではかなりかっこいいほうで、気に入っています。

ガイドさんは「それは身分の低い兵士ですよ。将軍俑のほうが立派ですよ」と言っていましたが、私は身分よりもかっこよさをとったのです。

 

参考文献: 『死して更に生きた秦の軍陣』 陝西旅游出版社 2001年9月

※楊志発さんにサインして頂いた本です。カラー写真が何枚も載っていて紙質もいい本ですが、日本語訳の日本語があちこち怪しくて面白いです。

 

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