ログイン | 無料ユーザー登録


朝まで三国志
徐庶


はじめての三国志

menu

南北宋

華南とはどんな王朝?宋書倭国伝にも記載されている大和朝廷と繋がった王朝

読書する劉備


はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

幕末 魏呉蜀 書物

 

時は南北朝時代(なんぼくちょうじだい)(439~589)

 

江南の梁(502~557)という王朝で執筆された『宋書』という歴史書があります。

これは梁の先々代の王朝である宋(420~479)に関しての歴史書です。

 

ここに出てくる宋は、春秋時代の王国「宋」でも、10世紀から13世紀に繁栄した王朝「宋(北宋・南宋)」でもありません。

劉氏が建国したので他の宋と区別するため、専門家は「劉宋」と呼んでいます。

だから、ここでも劉宋と呼びます。

 

ところで、この劉宋と交流していたのが倭の五王です。

 

関連記事:【はじめての水滸伝】主役級を一挙公開、これが好漢だ!

関連記事:【水滸伝】可哀想すぎる強引な梁山泊のスカウトが悲劇を産む

 


 

夷蛮伝の東夷の条に記述されている内容(宋書倭人伝)

読書する劉備

 

宋書には、異民族の事について記した部分があり、その中の夷蛮伝の東夷の条に

5世紀当時の日本について記述された部分があり、これを宋書倭人伝と呼んでいます。

倭の五王は、讃(さん)、珍(ちん)、済(せい)、興(こう)、武(ぶ)と言う
人物です。

 

五王は日本の天皇であり、讃(=仁徳天皇)、珍(=反正天皇)、済(=允恭天皇)、
興(=安康天皇)、武(=雄略天皇)と言われています。

 

ただし、『宋書倭国伝』は外交交渉の部分だけに限定され、風土、産物、制度、歴史についての記述がなくまた倭の五王については『日本書紀』には一切記載が無いので、実際は上記の五王が天皇に該当するのか諸説あります。

 

でも、当時の日本が劉宋と交流していたのは紛れもない事実です。

ところで劉宋という王朝は、一般に知られていません。

 

そこで今回は倭の五王が交流した劉宋について宋書倭国伝に登場する倭の五王とからめて解説します。

 


 

自称漢の末裔 劉裕

武帝 劉裕 wikipedia

画像 : 武帝 劉裕 wikipedia

 

劉宋王朝の建国者は劉裕(りゅうゆう)という男です。

劉裕の出身地の彭城(ほうじょう)には多くの劉姓の人がいたのですが、全員が漢王室の子孫と名乗っていたのです。

 

すごい単純です。

 

劉裕は家は貧しく教養も無かったのですが、親分肌の人間でした。この点は劉邦(りゅうほう)と似ています。

劉裕は最初は、司馬氏の東晋王朝に仕えていましたが、王朝にはかつての勢いはありませんでした。

 

劉裕の名前が高まったのは当時、江南を荒らしていた孫恩(そんおん)の率いる一揆勢の討伐でした。

この一揆勢は後漢末の張角(ちょうかく)の大平道のような軍勢です。

劉裕はこの時の功績により、軍閥や貴族たちから信頼が集まりました。

 

さらに、東晋王朝の政治を思うままにしていたライバルの桓玄(かんげん)を討伐して、政治の実権を握りました。

やがて貴族や軍閥から、支持を受けた劉裕は皇帝になりました。

 

■中国を代表する物語「水滸伝」を分かりやすく解説■はじめての水滸伝


 

一族での殺し合い

 

劉裕の死後、皇帝は子どもの劉義符(りゅうぎふ)が継ぎました。

劉義符は武術に優れた人物でしたが遊び好きであったので、家来と弟の劉義隆(りゅうぎりゅう)に暗殺されました。

こうして劉義隆が即位しました。彼の時代は〝元嘉の治〟と呼ばれて、文学・芸術が盛んになりました。

 

倭の五王の讃・珍・済は劉裕・劉義隆の時代に使者を派遣しており、将軍号・郡太守号を与えられています。

短期間にこんなに使者が派遣されるのは、いかに劉宋が繁栄しているか分かります。

ところで劉義隆は名君でしたが、その息子2名は親の威光を笠に着るドラ息子でした。

 

ドラ息子2名は自分たちの悪事が、父にばれることを恐れて、先手を打って劉義隆を殺害しました。

だが、劉義隆から愛情をあまり受けなかった劉駿(りゅうしゅん)がおり、その子が2人を殺害して即位しました。

 

ところが、やはり血は争えません。劉駿も少しでも気に食わないことがあったら、誰でも殺す異常者でした。

また、遊び好きだったので、劉裕・劉義隆の2代が貯めた中央の財産をたった1代で使い切りました。

 

おかげで、民が困窮して餓死者が続出しました。

劉駿が死んだ時に部下は、ほっとしたと言われています。

 

宋書倭国伝によると、倭の五王の興が使者を派遣したのは、劉駿の時に1度だけです。
その後しばらくの間は途絶えます。

 

日本は劉宋に対して、危険な雰囲気を感じたのだと思います。

劉駿の子どもの劉業(りゅうぎょう)が皇帝になりますが、叔父の劉彧(りゅういく)により殺されました。

その結果、劉彧が皇帝になります。この劉彧も部下や親族を大量に殺しました。

 

次の劉昱(りゅういく)も同じことをしました。

この一族は人殺しのことしか頭にないようです。


  

 

 

倭の五王最後の使者派遣と劉宋の滅亡

 

倭の五王の最後の1人の武が劉宋に使者を派遣するのは、最後の皇帝の劉準(りゅうじゅん)の時です。

内容は朝鮮方面の征伐承認とそれについての任官でした。

 

時は昇明2年(478年)でした。

しかし、この1年後に劉宋は滅亡しました。

 

骨肉の争いを続けるため、部下の簫道成(しょうどうせい)に見切りをつけられ、乗っ取られたのです。

日本はその後、南北朝の王朝と若干の交流はありますが劉宋ほどありません。

再び交流が活発化するのは隋・唐の王朝になってからです。

 

劉宋史ライター晃の独り言

晃(あきら)akira

 

倭の五王は非常に史料が少なく、何かと絡めて執筆した方が良いと思って今回は劉宋時代の歴史を絡めて執筆してみました。

思った以上に自分にとってはよい経験になりました。

しかし異常な皇帝が多いですね・・・・・・

 

関連記事:【水滸伝】なっとくできるか!本を捨てたくなるヒドイ結末

関連記事:【水滸伝】こいつらが憎っくき悪役達だ!!

 

【赤兎馬はカバだった説に迫る】
赤兎馬はカバ

 

 

晃(あきら)

晃(あきら)

投稿者の記事一覧

横山光輝の『三国志』を読んで中国史にはまり、大学では三国志を研究するはずだったのになぜか宋代(北宋・南宋)というマニアックな時代に手を染めて、好きになってしまった男です。悪人と呼ばれる政治家は大好きです。
        
好きな歴史人物:

秦檜(しんかい)、韓侂冑(かんたくちゅう)、
史弥遠(しびえん)、賈似道(かじどう)

※南宋の専権宰相と呼ばれた4人です。

何か一言:

なるべく面白い記事を書くように頑張ります。

関連記事

  1. 西夏の旗の兵士 西夏はどんな文化だったの?仏教が西夏で流行っていた?
  2. 岳飛(南宋の軍人) 岳飛とはどんな人?実は和平を邪魔した将軍だった
  3. 宋代の公務員試験である科挙 科挙問題文を紹介!あなたには解ける?
  4. 寇準 澶淵の盟の立役者・寇準の金遣いの荒さと生涯が異常すぎる件
  5. 李元昊 西夏初代皇帝・李元昊はどんな最期を迎えたの?死亡した理由や墓を紹…
  6. 「宋」の国旗をバックとした兵士 澶淵の盟の背景は?燕雲十六州を巡る争いの歴史について解説
  7. 西夏の服飾(女性) 西夏の末裔・チャン族はどんな服飾をしていた?西夏滅亡もざっくり解…
  8. 秦檜(しんかい) 秦檜とはどんな人?実はスパイだったの?

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA


google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 三国志ライター黒田レン
  2. 始皇帝 はじめての三国志
  3. おんな城主 直虎
  4. 呉蜀赤壁の戦い
  5. 餓えた農民(水滸伝)
  6. ロバ顔の諸葛瑾
  7. 関羽と趙雲を捨てて荊州に逃げる劉備

おすすめ記事

  1. 袁術は異常気象のせいで天下を握り損ねたってホント?
  2. 48話:強気の曹操が弱気に荀彧が一喝 荀彧 怒る
  3. 曹洪の手紙が美文のお手本『文選』に載っていた!しかしその実態は…! 曹洪
  4. 島津斉彬の遺言に学ぶ相続トラブルを回避する方法
  5. はじめての三国志 好きな武将アンケート 三国志 人気武将ランキング
  6. 游殷(ゆういん)が的中させた人物評価が凄かった!ズバリ言うわよ!YOUは長官になる器だ!

三國志雑学

  1. 黄月英と孔明
  2. 曹操女性の敵3
  3. 朶思大王
  4. 官渡の戦い 騎馬兵


“ながら三国志音声コンテンツ開始" “はじめての三国志コメント機能" “はじめての三国志150万PV" “はじめての三国志Youtubeチャンネル" “広告募集" “誤字・脱字・誤植などの報告フォーム"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. おんな城主 直虎
  2. 豊臣秀吉 戦国時代
  3. 五虎大将軍の黄忠
  4. 魏延
  5. はじめての三国志 画像準備中

おすすめ記事

酒癖が悪い孫権 なぜ孫権は暴君と化してしまったのか? 范増 范増(はんぞう)とはどんな人?項羽軍の頭脳として活躍した老軍師 キングダム54巻amazon キングダム603話最新ネタバレ予想「無理ゲー?すでに李牧が詰んでる理由」 三国時代やキングダムの時代にもお風呂はあったの? 陸遜 陸遜の功績とは?荊州奪取のキーマンである陸遜の出世街道も紹介 公孫サン(公孫瓚) そうだったのか!武器の特徴を知ると三国志の時代の戦い方が分かる! 騎兵を率いる夏侯尚 夏侯尚とはどんな人?曹丕の親友でもあり数々の功績を残した夏侯尚 織田信長 戦国時代最初の天下人は織田信長ではなかった?

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志

ながら三国志音声コンテンツ
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集 誤字・脱字・誤植などの報告フォーム はじめての三国志コメント機能
“邪馬台国"

“三国志人物事典"

“ながら三国志音声コンテンツ"
PAGE TOP