西夏の末裔・チャン族はどんな服飾をしていた?西夏滅亡もざっくり解説


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西夏の旗の兵士

 

西夏(せいか)(1038年~1227年)は現在の中国の甘粛省(かんしゅくしょう)寧夏回族自治区(ねいかかいぞくじちく
)
に建国されていた王朝です。通称タングート族と呼ばれています。当時、中国を支配していた北宋(ほくそう)(960年~1127年)とは戦争を行うほどの対立関係でした。

 

北宋滅亡後は南宋(なんそう)(1127年~1279年)とも対立することになりますが、北宋ほどの激しい関係ではありません。最後はモンゴルのチンギス・ハンにより滅ぼされました。

 

タングート族

 

チベット系のミ・ニャク族がタングート族の末裔と言われています。しかし、筆者が調べてもミ・ニャク族については詳細な史料が出てきません。そこでもう1つ西夏の末裔と言われているチャン族について調べてみたところ、こちらは詳細な史料が出てきました。

 

今回はチャン族の服飾について紹介致します。

 

自称・皇帝
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チンギス・ハンの西征と西夏の滅亡

チンギス・ハン

 

西夏の第6代皇帝恒宗(こうそう)の時代(1193年~1206年)に西夏は、初めてモンゴルから侵略を受けます。この時期は北方の(きん)(1115年~1234年)も侵略を受けていた時期でした。

 

西夏は恒宗の死後、第7代皇帝襄宗(じょうそう)の時に、モンゴルから2度目の侵略を受けます。南宋の嘉定2年(1209年)には、領土の一部をモンゴルに奪われただけではなく、皇女を嫁がすことで和議を結びました。

 

第8代皇帝神宗(しんそう)はモンゴルと友好関係を保ち、金と戦争を行いますが思ったように効果が上がらずに、逆にモンゴルに攻め込まれました。そして南宋の宝慶3年(1227年)10代皇帝末主(まっしゅ)の時に、西夏はモンゴル軍から攻撃を受けて滅びました。

 

タングート族はその後、モンゴル人やイスラム系の色目人と同化していきました。そのため、純粋なタングート族は残っていません。

10代189年でした。

 


 

ミ・ニャク族が末裔

 

四川省にチベット系のミ・ニャク族という民族がいます。彼らが西夏を建国したタングート族の末裔と言われています。なぜかと言いますと、チベットでは西夏を総称して、ミ・ニャクと呼んでいるからです。

 

西夏語は難しいので詳細な解説は省きますが、どうやら漢文献の〝弭葯〟〝弭薬〟の2つの言葉が発音では「ミ・ニャク」に当たり、その意味はタングートに当たるからだそうです。

 

【シルクロードの覇者・西夏王朝】
北宋・南宋


 

西夏のもう1つの末裔チャン族の服飾

 

ミ・ニャク族については情報量が少なくて、どういう部族なのか筆者も分かりません。調べてみると、もう1つ西夏の末裔と言われているものに〝チャン族〟というのがいます。チャン族はもともと、単一民族ではなく、3000年以上前の殷周時代から存在している民族です。

 

言語から、現在はチャン族がタングート族に近いという説が有力のようです。なお、チャン族はこれは画像があるので提示しておきます。

 

 

西夏の服飾(女性)

 

「はじめての三国志」オリジナルイラスト『西夏の服飾』から以下のことが分かります。

 

(1)女性は頭部に髪飾りをすることが多く、ヘアースタイルはお下げ。

(2)頭巾は円形に巻く。これは男女問わず。

(3)耳には色とりどりの飾りを付ける。

(4)羊皮のチョッキを着用。これは男女問わず。西夏初代皇帝の李元昊の名言「タングート族は毛皮を衣服として牧畜生活をしているのです・・・・・・」は間違っていないと分かります。男女の衣服の差は、女の衣服に多くの綺麗な刺繍が施されている点です。

(5)靴は履く人もいれば、裸足の人もいるようです。

 

余談ですが、チャン族には美人も多いようです。これは他の民族と同化したのが原因と推測されます。


  

 

 

宋代史ライター 晃の独り言

晃(あきら)akira

 

西夏の末裔のチャン族の服飾に関しての記事でしたが、いかがでしたか?ネットで検索すると、〝チャン族 美人〟という語句が出てきたので調べたら、本当に綺麗な人ばかり、出たのでびっくりしました。

 

そう言われてみれば、『キングダム』に登場する羌瘣(きょうかい)もチャン族でしたね。どうりで、美人なはずですね(笑)

 

※参考文献

・華梅(著)施潔民(訳)『中国服装史―五千年の歴史を検証する』(白帝社 2003年)

 

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【滅亡から読み解く宋王朝】
北宋・南宋

 

 

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