禅譲とは何をするの?曹丕を例にわかりやすく解説


はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

水月観音像(仏像)

 

三国志(さんごくし)を読み進めると「禅譲(ぜんじょう
)
」という仏教用語のような言葉が登場します。現代社会では聞き慣れない言葉なので理解しづらい読者もいるでしょう。

 

闕宣(自称皇帝)

 

ここでは三国志の皇帝についてまわる禅譲(ぜんじょう)について、わかりやすく解説していきます。

 

自称・皇帝
当記事は、
「禅譲とは」
「禅譲 メリット」
などのワードで検索する人にもオススメ♪

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:諸葛亮は皇帝になろうとしていた?諸葛亮の仰天プランとは?

関連記事:遷都とは?中国の皇帝はイメチェン好き!遷都のメリット・デメリットも解説

 


 

世襲と禅譲の違い

闕宣(自称皇帝)

 

世襲政治(せしゅうせいじ)世襲制(せしゅうせい
)
などはニュースで聞いたこともあるでしょう。政治家の息子が国会議員(こっかいぎいん)になったり、天皇陛下(てんのうへいか)の子どもが後を継ぐことです。

 

明治天皇

 

ここでのキーポイントは血縁関係です。政治家の子どもに女の子しか生まれなかった場合、婿養子を取ることがあります。それは自分の後を男の子に継いでほしいからです。女性の社会進出が珍しかった明治期から昭和期にかけて行われました。

 

魏の皇帝になった曹丕

 

一方の禅譲ですが、血のつながりは必要ありません。皇帝に仕える有力者であることが条件です。皇帝の子ども以外で権力の座につけるとすれば、皇帝と肩を並べるほどの力を王宮で誇示していた人物です。

 

順調に将軍まで出世する陳武

 

多くは大臣や将軍などが禅譲の対象となります。

 


 

禅譲されると国の名前を変えられる

皇帝に就任した曹丕

 

後漢(ごかん)の「献帝(けんてい)」から禅譲を受けたのは曹操(そうそう)の子どもの「曹丕(そうひ)」です。親の七光りのような印象を受けますが、曹丕(そうひ)もなかなかの政治手腕を奮っていました。

三国志(さんごくし)では曹操(そうそう)が令名を馳せましたが、()の国の初代皇帝は曹丕(そうひ)でした。

 

曹丕と曹操

 

それは後漢(ごかん)という国家から権力を受け継いだことを意味します。禅譲を受けると新しい国名を付けられます。

 

魏と国号を決める曹丕

 

そのため、曹丕は国名を後漢ではなく、「()」としたのです。もし、献帝(けんてい)が子どもに世襲で権力を移していたら、国名は後漢のままでした。

 

献帝

 

禅譲が行われるということは一つの国家の滅亡を表すのです。同時に新しい国家の”誕生”も意味します。

 

まだ漢王朝で消耗してるの?

まだ漢王朝で消耗しているの


 

もし、あなたが皇帝から禅譲を受けるとしたら

李カク、献帝

 

あなたは帝国の大臣です。皇帝を殺して権力を奪ってもいいですが、穏便に事を運びたいとします。

なぜなら、皇帝を殺して自分が帝位に就いたとなると民衆の支持を得られないからです。

 

漢失礼な兵士に官位を要求され困る献帝

 

それには皇帝がイエスと言えるような状況を作り出さなければいけません。

 

段ワイ、献帝

 

周辺の大臣を自分の友達で固め、皇帝に進言できるぐらいの兵器や兵力も必要です。また、皇帝の親戚に自分の娘を嫁がせるのもいいでしょう。うまく根回しをして王宮内での自分の地位を高めるのです。

 

献帝

 

しかし、時代のニーズに答えていないといけません。飛ぶ鳥を落とす勢いの皇帝がいるようでは、簡単に蹴落とされてしまいます。

従って、禅譲される皇帝というのは往々にして国家が崩れかかっている状態に行われます。


  

 

 

禅譲のメリット

献帝

 

基本的に儀式によって皇帝の座を”譲る”ので前の皇帝、つまり献帝が殺されることはありません。皇帝の地位は消えても待遇は保証されます。地位も大臣かその下ぐらいの地位をもらえます。

 

献帝

 

中国では失態を犯すと一族郎党が滅ぼされますが、”禅譲”では殺されません。

一族郎党の滅亡とは親戚や家臣、部下もみな殺されることを意味します。

一家だけでなく、関係者も殺されるのです。

 

司馬懿と曹丕

 

それを禅譲という形をとることで防ぐことができます。さらに禅譲(ぜんじょう)を受ける側の”曹丕(そうひ)”は兵力を減らすこともありません。

 

孫権と劉備と曹丕

 

根回しという頭脳労働が求められますが、兵力を温存しているため、周辺国の()(しょく)から攻撃を受けることはありません。

 

劉備

 

もし、内戦などで国家が交代すれば、そのスキを狙って()孫権(そんけん)(しょく)劉備(りゅうび)が攻めてこないとも限りません。対外関係もバランスを保ったまま国家交代できるのが禅譲のメリットでもあります。戦闘状態にない日本ではイメージしづらいですが、他国に侵略されるのは国家のトップが交代するより危険な状態なのです。

 

三国志ライター上海くじらの独り言

三国志ライター 上海くじら

 

言葉からはイメージしづらい禅譲ですが、簡単にいうと控えめなクーデターです。血も流れませんし、前の皇帝もその後の地位を保証され、安心して暮らせます。

 

献帝(はてな)

 

いわば新しい国家から多額の年金をもらって余生を過ごすようなものです。

その代わり国内政治には口出しさせないという状態、それが禅譲です。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:劉禅その後はどうなった?皇帝劉禅の生涯・降伏後の姿は本当の姿だった?

関連記事:最強中二病!袁術はどうして皇帝になろうとしたの?

 

【400年続いた漢王朝を分かりやすく解説】
はじめての漢王朝

 

【動画】劉備玄徳が三国志の英雄になれた理由


 

はじめての三国志はYoutubeでもわかり易さを重視した解説動画もやっています♪

解説動画が分かりやすかったらGoodボタンを!

気に入ったらチャンネル登録お願いします〜♪

 

はじ三ユーチューバー目指すってよ
はじめての三国志とYoutube

 

 

関連記事

  1. 馬に乗って単身荊州へ赴く劉表
  2. 兵戸制
  3. 酒を飲む曹操、劉備、孫権
  4. 不満が溜まる魏延
  5. 孔明
  6. 北伐を結構する孔明


はじめての三国志企画集

“はじめての三国志企画特集"

3冊同時発売

“脱税の歴史

“三国志人物事典"

“ながら三国志音声コンテンツ"

“if三国志"

PAGE TOP