関羽は武神に相応しいの?「正史三国志」の実績を考察

2019年9月10日


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張飛、劉備、関羽の桃園三兄弟

 

商売繁盛の神様として知られる関帝様こと、劉備(りゅうび)の義兄弟・関羽(かんう)。彼は義に厚かったことや塩の密売に関わっていた事などから関帝様として祀られるようになったそうです。

 

関帝廟 関羽

 

神様として祀られていた関羽ですが、武の神様こと「武神」にもなれるのか。

「正史三国志」の関羽の実績から、武神に相応しい人物だったのか調べてみました。

 

自称・皇帝
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武の神様とは一体何!?

毘沙門天(神)

 

この世の中には色々な神様が存在しています。日本にも多くの神様が存在し、例えば商売繁盛の神様としてあがめられている恵比寿神(えびすじん)

「お稲荷様」で知られる宇迦之御魂神(ウカノミタマ
)
などがいます。

 

神55-6_ゼウス

 

他にも多くの神様が存在していますが、武の神「武神」とはどのような神様なのでしょうか。調べてみると「武道を司る神様」や「戦を司る神様」なのだそうです。と言う事は「武神」は戦いに強い神様と言う事なのでしょう。


武神と呼ばれて崇められていた事もある関帝様

はじめてのプロ野球 関羽

 

劉備の義弟・関羽。民衆から商売繁盛の神様として知られる関帝様のモチーフとなった人物として有名な武将です。

 

関羽

 

また関羽は、戦に強い武神として呼ばれることもあったそうですが、本当に戦に強い武将だったのでしょうか。「正史三国志」から関羽の戦いについての実績を調べてみたいと思います。


顔良を一撃で倒す!!

官渡の戦い 騎馬兵

 

曹操は北方の大勢力・袁紹(えんしょう)と決戦をする前、徐州で反旗を翻した劉備を討伐するべく出陣。劉備は曹操自ら軍勢を率いて出陣してきた事を知り、急いで徐州から逃亡してしまいます。

 

暴れる関羽

 

関羽は下邳城を守っていましたが、劉備が徐州から逃亡した事を知り、曹操へ降伏。その後関羽は袁紹が白馬へ攻撃をしてきた際、張遼(ちょうりょう)と共に袁紹軍を迎撃するために出陣します。

 

顔良と関羽

 

関羽は袁紹軍の先鋒として白馬を攻撃している大将・顔良(がんりょう)を発見すると単騎で顔良の陣営へ突撃。そして関羽は顔良の本陣へ到達すると一撃で顔良を討ち取ってしまいます。その後顔良軍は大将を失ったことで、兵士達の統率が取れなくなり、白馬の攻撃を中断し、撤退していきます。


華々しい戦功を挙げられない状況へ

関羽

 

上記で紹介した白馬の戦いにおける関羽が挙げた功績は、武神の名に相応しいと言えるでしょう。他にも関羽は蜀軍を率いて襄陽を攻撃して、曹操を脅かした功績があります。ですが、関羽が白馬の戦いで顔良を一撃で倒してから襄陽を攻撃するまで長い期間が空いています。

 

そろばんを叩く関羽

 

その間関羽は戦で華々しい功績を挙げることができませんでした。その理由は戦の大将として活躍するよりも、行政官として活躍することになったからです。劉備は赤壁の戦いで孫権と連合軍を組んで、曹操軍に勝利した後、南荊州を領土にします。

 

羅貫中と関羽

 

その後劉備は益州の劉璋を討伐する戦へ赴く際、南荊州全域の統括官として関羽を任命。関羽は南荊州の行政官として行政に携わることになったため、今までのように戦での華々しい活躍をする機会をほとんど失くしてしまいます。

 

関羽は武神に相応しいの!?

五虎大将軍の関羽

 

ここまで色々と戦での功績を紹介しました。関羽は武神に相応しい人物だったと言えるのでしょうか。レンは関羽が武神に相応しい人物だと思います。

 

その理由としては戦場だけでなく、行政官としてしっかりと統治しているからです。戦だけの功績で考えるのであれば、関羽は武神に相応しい活躍をしているか微妙ですが、戦で功績を残し、行政でも大きな過失無く統治できた事を考えると、武神に相応しい人物だったと思います。

 

皆様はどのように思いますか。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レン

 

レンは関羽が戦での活躍、土地を統治する行政官を考慮に入れて彼が武神に相応しいと思いました。

曹操の軍師として活躍していた魏の程昱は「関羽は一万の兵士に匹敵する力を持った武将である」と高い評価をしている事から、戦においても個人的な武勇においてもすぐれた人物だったことがうかがえます。

 

関羽に見惚れる赤兎馬

 

けれどもどうして関羽を神様として信仰するようになったのでしょうか。ここからはレンの推測になりますが、関羽は民衆や自分よりも下の部下達にも優しく慕われていました。そのため関羽は神様として民衆から信仰されやすい人物だったのかもしれません。

 

■参考文献 正史三国志蜀書など

 

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