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秦が滅亡した理由:人民が出世できなくなった
ところが、それも紀元前221年に秦が中国を統一すると人民の出世チャンスも消えてしまう事になります。
それでも秦の人民は、生まれた時からそうなので、我慢できたかも知れません。
ですが、秦は征服した六国に同じように什伍の制を適用したのです。
六国の旧人民は、住み慣れた土地から引き離され、赤の他人の家と伍を組まされた上に、15歳以上の男子には兵役の義務が課せられました。
これにより秦の兵力は500万人まで膨張しましたが、その後の秦は、オルドス地方で蒙恬に匈奴を追い払わせた以外に、大きな戦争がありませんでした。
つまり、秦に征服された六国の人民には戦争で褒美を得る機会もなく、赤の他人と伍を組まされてお互いを監視する苦痛と
慣れない秦の法律への絶対服従だけが求められたのです。
法家のメリットは信賞必罰の明確化ですが、賞を与える戦争の機会が失われた事で、それは過酷で厳しいだけの統治方法になりました。
—熱き『キングダム』の原点がココに—
キングダム614話ネタバレ雑学「統一後秦の存在意義は消えた」
始皇帝は、晩年に不老不死の妄想に取りつかれたと言われています。
しかし、それは、個人的に死にたくないという感情ではなく、自分が死ぬ事で秦が崩壊するという危機意識だったかも知れません。
秦帝国には次の漢や以前の周に比較して致命的な弱点がありました。それは、権力は持っていても権威は持っていないという事です。
言い換えると、秦は暴力で人民を従わす事は出来ても、神聖さや統治の正統性に決定的に欠けているのです。
周にしても漢にしても、天という概念の下で、天に選ばれた天子が万民を公正に治めるという統治の正統性を持っていました。
ところが秦は、「中華統一は古の五帝の業績に勝り、三皇と同列」という家臣の意見を採用して
秦王政が始皇帝と名乗り始めたように、自分の統治を正当化する権威を持っていませんでした。
つまり天=始皇帝であり、誰も正当性を与えてくれないのです。
権威がないなら、ひたすらに権力で人民を抑えつけるしかありません。
それでは人民の不満は溜まる一方ですが、もはや中華が統一されたのでガス抜きの為の戦争の恩賞も出す事が出来ません。
中華を統一するという目的で仕組まれた法家の統治システムは、こうして、統一が実現した瞬間に軋みを生じたのです。
それでも始皇帝が生きている間は、その恐怖のヴィジョンが六国の人民を縛り、暴発の安全弁として機能していました。
ところが、紀元前210年、始皇帝が巡幸の途中で崩御すると、ひたすら暴力で抑えつける秦の統治モデルは無効になります。
キングダム(春秋戦国時代)ライターkawausoの独り言
秦は中華統一の為に産み出された国家であると言えます。
そのために、中央集権化を徹底的に推し進めて全ての権力が王に集中させ、15歳以上の男子すべてに兵役を課し100万の大軍を維持しました。
厳しい統治でしたが、信賞必罰の方針は下僕からでも大将軍を目指せる活気ある社会を生み出し、秦が六国を滅ぼす原動力になりました。
しかし、統一後には、その厳しすぎるだけの法家の制度が六国の不満を煽り、
恐怖の対象として安全弁になっていた始皇帝が死ぬと、帝国そのものが崩壊する事になったのです。
法家の思想では、中華を統一するまでは可能でも統一を維持する力を持つ事は出来なかったのです。
参考文献:始皇帝中華統一の思想 キングダムで解く中国大陸の謎
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