三国志演義においての仙人と言えば、曹操をイリュージョンで翻弄した左慈、そして、孫策を呪い殺した于吉が二大TOPでしょう。
では、ここからが男子目線ですが三国志の群雄を翻弄したこの二人が戦ったとしたら一体どっちが勝つのでしょうか?考えてみます。
于吉と左慈はどんな人物
最初に于吉と左慈をよく知らない人の為に簡単に解説します。
左慈は、三国志演義によると峨眉山で三十年の仙人修行をした後に石壁の中から遁甲天書三巻を手に入れ、それから方術を使えるようになったようです。左慈は、仙人ながら俗世に出てきては色々といたずらをして歩く人物で、曹操をからかうなど人を巻き込む事はあっても、人に巻き込まれる事はありません。
一方の于吉は三国志演義では、孫策が許貢の食客に襲撃されて、その傷を癒している途中に、袁紹の元から使者として来た陳震をもてなすべく呉郡の城門の楼上で大宴会を催している時に、その門の下を正装で漆の小箱を抱えて小走りに通りすぎようとして登場します。
ところが于吉は病気を治す仙人として、呉郡の人々に仰がれていたので、孫策の客の2/3までもが、孫策を放り出して挨拶に向かいこれで気分を害した孫策は、于吉に難癖をつけて殺そうとし、不幸にもその犠牲になります。
つまり于吉は、孫策をおちょくったわけでもなんでもないのですが、人望があった為に孫策に一方的に疎まれて殺されてしまうのです。
いたずら好きな左慈と真面目な于吉は対照的と言えますね。
于吉と左慈のスペックを考える
では、次に于吉と左慈の基本スペックを考えてみます。
①孫策が雨を降らさないと殺すと脅迫しても、なかなか雨が降らなかったがいざ、足元の薪に火をつけようとすると雷雨を降らせた。
②孫策に殺害されるが、その遺体が夜の間に消えた
③亡霊になって孫策に憑りつき、最後には衰弱死させた。
このように、于吉の能力は雨を降らせるウェザーコントロール、自分の遺体を消すテレポート亡霊になって相手を憑り殺すナイトメア能力です。
次に、左慈の基本スペックを考えてみます。
①手を触れずに蜜柑の中身を消したり戻したりする
②どれだけの酒を飲んでも肉を食べても満腹にならない、逆に何日間も食事を与えなくても平気で生きている
③拷問に掛けても平然としており、鎖で繋いでもすぐに外す
④遠く離れた土地から産物を瞬時にテレポートさせたり、絵に描いた龍から肝を取り出して食べる。
⑤杯を天に投げると鶴に姿を変え左慈は鶴に乗って去る
⑥歩いているのに許褚が走って追い駆けても追いつけない
⑦殺された羊数百頭を一瞬で蘇生させる
⑧自分そっくりのコピーを数百人生み出しコピーは首が落ちても死なない。
こうして考えると、左慈のスペックはテレポート能力、光合成能力、体を鉄にする能力二次元作品を実体化する能力、生き物の姿を自在に変える能力、空間を歪める能力生物蘇生能力、クローン作製能力、ゾンビ生産能力と于吉とは比較にならない程の高スペックですね。
決定的なのは于吉が孫策を呪殺できたとはいえ、自身も亡霊になったのに対し、左慈は拷問も効かず、首が飛んでも死なず曹操に精神的なショックを与えて気絶させながら、自身は平然と生きている事です。
これでは、于吉のナイトメアや天気コントロールやテレポート能力では、左慈にかすり傷一つ負わせられないのではないでしょうか?
最悪、空間を歪める能力でも使用されたら、于吉は手も足も出せないでしょう。
ダメ押し、左慈は史実でも仙人
于吉と左慈のもう一つの違いは、于吉が孫策に殺される事で仙人化した架空要素が強い人物であるのに対し、左慈は後漢書方術列伝に記載され、千年以上昔から実在の仙人として信じられていたらしいという点です。
後漢書の左慈は、司空時代の曹操の宴に招かれ、曹操が「江東の松江の鱸が欲しい」と呟くと、水を張った銅盤に糸を垂らして鱸を釣るというイリュージョンを見せたり蜀の生姜が欲しいと言うと、ちょっと失礼と言ってその場を後にするや、すぐに生姜を手にして帰ってきています。
また、曹操が従者数百人を引き連れて、左慈の屋敷の近くに来ると、左慈が酒一升と欲し肉一斤を配ります。従者たちが、いい気分になって酔っているのを不審に思った曹操が自分の酒蔵を調べさせると、酒と干肉がキレイに消えているなど、人をコケにした態度を取ります。
怒った曹操が左慈を捕らえようとすると、左慈は壁の中に消えて捕らえる事が出来ず、その後、市場で左慈を見たという目撃情報を得て曹操が捜索させると市場の人間が全て、左慈のような姿になっているなど、イリュージョンを駆使して曹操を翻弄しました。
さらに、陽城山の山頂で左慈を見たという証言を得て、曹操が逮捕に向かうと、左慈は羊に化けて羊の群れに飛び込みます。曹操は「本気で捕まえる気はない、君を試しただけだ」と嘘を言って安心させようとすると、一頭の羊が二本足で立って歩いたので、曹操は捕まえさせようとしますが、次の瞬間には、そこにいた数百頭の羊が、一斉に二本足で立って喋りだしたので、曹操はお手上げになりました。
一方の于吉については、まとまった列伝がなく志林や後漢書によると、先祖以来東方に住まい呉郡と会稽を行き来して精舎を建てて、お香を焚いて道教の経典を読んで、呪符や水を使って病気を治していました。つまり、張角とやっている事は五十歩百歩で、一定の信者がいたと見え統治者の孫策としては煙たい存在だったでしょう。
また、順帝の時代には薬草を採りに山に入り、太平清領道百余巻を手に入れたという記録が見えます。もう一つは、4世紀に東晋の干宝が書いた捜神記で、孫策に殺されて、これを祟り殺したという記述があります。
三国志演義では、この捜神記と後漢書、志林を参考に于吉のキャラを創造したと考えられ、左慈と違い、あまりエピソードが豊富な人物ではないようです。左慈は三国志演義と関係なく世に知られていて、于吉は三国志演義が有名にするまではあまり知られた存在ではなかったというのが実情ではないかと推測します。
三国志ライターkawausoの独り言
左慈vs于吉は方術のスペックでも知名度でも、99%左慈が勝利すると思います。
何と言っても、左慈の方術は範囲が幅広く空間を歪められたら、于吉に限らずどんな仙人も勝利する事は難しいでしょう。唯一、于吉にあり、左慈にないのは、ウェザーコントロールですが例え嵐を起こせても、瞬間移動されてしまえばオシマイですしkawausoは左慈最強説を提唱したいですね。
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