【麒麟がくる】織田信長はやっぱり暴君?粛清された16人を紹介

2020年5月3日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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鳴かぬなら殺してしまえホトトギス(織田信長)

 

「麒麟(きりん)がくる第14話では、村木砦(むらきとりで)の戦いで勇敢に戦い戦死した小姓たちに涙を流す織田信長の姿が映されていました。あれを見ると、なんだノッブええやつやんと思ってしまいますが、光ある所に影あり、その裏には16名という信長に粛清(しゅくせい)された人がいたのです。今回は織田信長に粛清された人々をカテゴリ別に紹介しましょう。

 

政治的な理由で粛清

織田信長

 

政治的な粛清とは織田家の勢力を拡大する上で都合の悪い勢力や人物を排除する為に行われた粛清で5つのケースが見受けられます。よくて強制隠居、悪いと城に誘き出して、一族皆殺しとかなり過酷な粛清が行われています。

 

ケース6は、本当に上杉氏に通じたかどうか不明ですが、僧侶というのは非戦闘員として各国を往来する事から、疑われると申し開きが難しい職業ではあります。

 

・ケース1:家督を奪われ強制隠居 神戸具盛(かんべとももり)

細川勝元

 

神戸具盛は、伊勢北部の豪族でしたが信長に臣従後、近江日野で突如捕らわれ、隠居に追い込まれた上に蒲生家に預けられました。神戸家には信長の子の織田信孝(おだのぶたか)が入りました。簡単に言うと家を乗っ取られたのです。

 

・ケース2:神戸氏乗っ取りの為に殺害 山路弾正忠(やまじだんじょうのちゅう)

織田彦五郎(織田信友)

 

神戸氏の家臣で、信長の命令で伊勢神戸城に招かれて殺害されました。いわゆる謀殺というやつです。

 

・ケース3:浅井氏に(くみ)したので謀殺 高宮右京亮(たかみやうきょうのすけ)

山に追放され亡くなる佐久間信盛

 

近江、高宮の土豪で浅井氏に与して信長に敵対します。以後、信長に降伏しますが、その後長浜城に呼ばれて粛清されました。

 

・ケース4:滝川雄利(たきがわかつとし)により殺害 北畠具教(いたばたけとものり)

畠山義就

 

伊勢国司、三瀬城に滝川雄利の来訪を受け殺害されます。

 

・ケース5:北畠信雄の命令でとにかく粛清 北畠ファミリー

三国志のモブ 反乱

 

北畠氏を乗っ取った信長の次男、北畠信雄が領国運営の邪魔になるので、長野具藤(ながのともふじ)など、主だった一族が田丸城内で殺害されました。

 

・ケース6:上杉に通じたと容疑を掛けられ切腹 寺崎盛永(てらさきもりなが)

西遊記はどうやって出来たの?三蔵法師編

 

越中願海寺城主。上杉氏への加担を疑われ、佐和山城で子の喜十郎(きじゅうろう)共々切腹しました。

 

命令に叛き粛清

ちょっとしたことでブチ切れる織田信長

 

命令に叛き粛清とは、信長の命令に従わなかったという理由で、組織内の規律を守る為に粛清されたケースです。敵前逃亡による仕方のない殺害や、それに追従した事による改易(かいえき)(家の取り潰し)などがあります。壮絶なのは、上杉氏への内応を疑われ暗殺を恐れて斬り合いの末に17名が討たれた石黒成綱(いしぐろなりつな)のケースですね。

 

・ケース1:敵前逃亡で殺害 樋口直房(ひぐちなおふさ)

 

近江国人で、浅井方から織田方に帰属、秀吉配下になったものの、木の芽峠(めとうげ)の守備に失敗し出奔、秀吉の追手に殺害されました。

 

・ケース2:樋口に連座して改易 堀秀村(ほりひでむら)

織田信長を裏切り謀反を起こす荒木村重

 

近江の国の有力国人で、樋口の主君、樋口の出奔に連座した為に改易されます。

 

・ケース3:安土出仕を拒否し斬り合いの末死亡 石黒成綱

敗北し倒れている兵士達b(モブ)

 

越中国人で木舟城主(きぶねじょうしゅ)。上杉家から織田方に寝返りますが、その後、上杉景勝(うえすぎかげかつ)への内通を疑われ、安土出仕を命じられます。途中でこれが暗殺の伏線と気づき、一族、老臣ともども長浜で斬り合いの末、成綱以下17名が討たれました。事実、上杉へも曖昧な距離感だったようです。

 

織田信長スペシャル

怨恨路線で粛清

本能寺の変の織田信長

 

怨恨路線(えんこんろせん)で粛清とは、組織の内側でのトラブルを巡る延長線上での粛清です。

 

政治上でも命令違反でもなく、お前は気に入らないという理由で内密に行われるので、突然に斬殺されるなど、ガクブルモノが多く、真相は闇の中というケースも多いです。磯野員昌は、信長の折檻を受けて逃亡しているので、光秀同様のdv被害者かも知れません。なんでか知りませんが、怨恨路線の粛清は城の普請場が多いような気がしますね。

 

・ケース1:所領争いで改易追放 津田盛月(つだもりつき)

戦にめっぽう強い柴田勝家

 

兄、中川重政(なかがわしげまさ)柴田勝家(しばたかついえ)との所領争いで勝家の代官を射殺し、兄ともども改易追放。後に外峯四郎左衛門(そとみねしろうざえもん)と改名して羽柴秀吉に仕えました。

 

・ケース2:神戸信孝と不和になり追放 関盛信

キレる織田信長

 

伊勢亀山城主で神戸信孝と不仲で織田信長から勘当されました。

 

・ケース3:明智光秀の配下だが謀殺 林員清

忙しくて過労で倒れる明智光秀

 

近江国人、明智光秀に属していたものの、北ノ庄城普請場で誅殺されました。

 

・ケース4:織田一族なのに斬殺 津田一安

若き頃の織田信長に敗れる今川義元

 

織田一族なんですが、田丸城の普請場(ふしんば)で北畠信雄の家臣に斬殺されます。

 

・ケース5:信長に折檻され逐電 磯野員昌(いそのかずまさ)

酒席で下戸の明智光秀をいじめる織田信長

 

近江国人で、信長に降伏後高島郡を与えられるが、信長の折檻(せっかん)を受けて逃亡、姿を消しました。

 

用済みになったので粛清

織田信長に追放される佐久間信盛

 

特に命令違反をしたわけでもありませんが、長年仕えていて高い地位と高給取りであるために煙たくなり、過去の些細な過失などの理由をつけて追放したケースです。

 

さすがに殺してはいませんが、粛清を受けた側からすれば、ある日、一瞬にして全てを失うわけですから相当な衝撃でしょうね。ここでは有名な佐久間信盛父子の追放は除外してあります。

 

・ケース1:長期仕えたのに突然追放 安藤守就(あんどうもりなり)

安藤信正(幕末)

 

美濃三人衆の1人、織田家の宿老、林秀貞(はやしひでさだ)と同時期に子の定治ともども追放処分を受けます。

 

・ケース2:追放処分 丹羽氏勝(にわうじかつ)

丹羽長秀

 

尾張国人、安藤守就親子と同時期に追放処分にされました。

 

戦国時代ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

以上、あまり知られていない織田信長が関係している16の粛清について書いてみました。これが数が多いのかどうか、何しろ、他の戦国大名と比較してみていないのでなんとも言えません。でも、粛清にも政治的な理由、命令違反、怨恨、用済みと色々あるんですね。

 

参考文献:歴史REAL 織田信長 一族と家臣から迫る信長軍団の全貌

 

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。「はじめての三国志」編集長。三国志・中国史を中心に、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を執筆・編集し、当サイトでは4,000本以上の記事を担当。三国志は正史から入ったため、演義を書くときのほうが神経を使うという天邪鬼。故郷・沖縄の歴史に関する勉強会の開催や、ラジオパーソナリティとしての活動も行う。

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