【麒麟がくる】織田信長はやっぱり暴君?粛清された16人を紹介


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粛清された16人(1P目)

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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怨恨路線で粛清

本能寺の変の織田信長

 

怨恨路線(えんこんろせん)で粛清とは、組織の内側でのトラブルを巡る延長線上での粛清です。

 

政治上でも命令違反でもなく、お前は気に入らないという理由で内密に行われるので、突然に斬殺されるなど、ガクブルモノが多く、真相は闇の中というケースも多いです。磯野員昌は、信長の折檻を受けて逃亡しているので、光秀同様のdv被害者かも知れません。なんでか知りませんが、怨恨路線の粛清は城の普請場が多いような気がしますね。

 

・ケース1:所領争いで改易追放 津田盛月(つだもりつき)

戦にめっぽう強い柴田勝家

 

兄、中川重政(なかがわしげまさ)柴田勝家(しばたかついえ)との所領争いで勝家の代官を射殺し、兄ともども改易追放。後に外峯四郎左衛門(そとみねしろうざえもん)と改名して羽柴秀吉に仕えました。

 

・ケース2:神戸信孝と不和になり追放 関盛信

キレる織田信長

 

伊勢亀山城主で神戸信孝と不仲で織田信長から勘当されました。

 

・ケース3:明智光秀の配下だが謀殺 林員清

忙しくて過労で倒れる明智光秀

 

近江国人、明智光秀に属していたものの、北ノ庄城普請場で誅殺されました。

 

・ケース4:織田一族なのに斬殺 津田一安

若き頃の織田信長に敗れる今川義元

 

織田一族なんですが、田丸城の普請場(ふしんば)で北畠信雄の家臣に斬殺されます。

 

・ケース5:信長に折檻され逐電 磯野員昌(いそのかずまさ)

酒席で下戸の明智光秀をいじめる織田信長

 

近江国人で、信長に降伏後高島郡を与えられるが、信長の折檻(せっかん)を受けて逃亡、姿を消しました。

 

用済みになったので粛清

織田信長に追放される佐久間信盛

 

特に命令違反をしたわけでもありませんが、長年仕えていて高い地位と高給取りであるために煙たくなり、過去の些細な過失などの理由をつけて追放したケースです。

 

さすがに殺してはいませんが、粛清を受けた側からすれば、ある日、一瞬にして全てを失うわけですから相当な衝撃でしょうね。ここでは有名な佐久間信盛父子の追放は除外してあります。

 

・ケース1:長期仕えたのに突然追放 安藤守就(あんどうもりなり)

安藤信正(幕末)

 

美濃三人衆の1人、織田家の宿老、林秀貞(はやしひでさだ)と同時期に子の定治ともども追放処分を受けます。

 

・ケース2:追放処分 丹羽氏勝(にわうじかつ)

丹羽長秀

 

尾張国人、安藤守就親子と同時期に追放処分にされました。

 

戦国時代ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

以上、あまり知られていない織田信長が関係している16の粛清について書いてみました。これが数が多いのかどうか、何しろ、他の戦国大名と比較してみていないのでなんとも言えません。でも、粛清にも政治的な理由、命令違反、怨恨、用済みと色々あるんですね。

 

参考文献:歴史REAL 織田信長 一族と家臣から迫る信長軍団の全貌

 

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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