武士は女子力が高かった!その理由とは?【ほのぼの日本史】

2020年5月25日

編集体制の詳細を見る
kawauso編集長(石原 昌光)

編集責任者

kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

提供する掲載情報について

『はじめての三国志』は、複数の企業と提携し情報を提供しており、当メディアを経由して商品への申込みがあった場合には、各企業から支払いを受け取ることがあります。

ただし、当メディア内での商品評価に関して、提携の有無や支払いの有無が影響を及ぼすことはありません。また、当メディアで得た収益は、読者の皆様により役立つコンテンツ制作へ還元し、情報の正確性担保に努めています。

詳しくは 編集ポリシー をご覧ください。


 

はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

日本戦国時代の鎧(武士)

 

日本を650年余り支配した武士、その武士の特徴の一つに清潔(せいけつ)を好むという面があります。ドラマや映画には、(あか)だらけで身なりに気を使わない凄腕武士というのが時々出てきますが、あのような武士は実在しないそうです。しかし、武士の綺麗好きは現代的な感覚に根差したものではなく、むしろ戦闘に特化したものだったのです。

 

今回は、一体どうして武士は清潔を好んだのかを解説してみます。ほのぼの~

 

武士は隙を見せたらアウトである

若き頃の織田信長に敗れる今川義元

 

武士は心構えとして常在戦場が求められていました。

 

それがどこであっても常に戦場に身を置いているつもりでいろという意味です。そして、戦場とは不意打ちが当たり前の世界であり、むしろ正々堂々と相手が向かってくる方が稀な世界でした。

 

そのような戦場でボサーッと隙を見せたらどうなるでしょうか?暗がりから矢で射られ、死角から槍で突かれ、アッと言う間に首を獲られてしまうでしょう。こんな事では主君を守る事も手柄を立てる事も出来ません。

忙しくて過労で倒れる明智光秀

 

端的に言うと、武士は常に隅々まで意識を集中して僅かな変化にも気が付く人間じゃないと早死にする事になるのです。

 

武士は女性より細かい変化に気づく

 

僅かな変化にも気が付くと言えば、男性よりも女性です。どうしても一点集中してしまう男性と違い、女性は何か作業をしていても他の事にもなんとなく気を巡らせています。その理由は女性は右脳と左脳をバランスよく働かす事が可能だからなんだそうです。

 

例えば、こちらが夢中になって話をしているのを、ふんふんと話を聞いているかと思えば、突然、「ボタンがほつれてるよ」と言ったりして話のコシを折って、不愉快になった覚えがある男性も多いのではないでしょうか?

幕末刀剣マニアの坂本龍馬

 

でも、このような、よい意味で気がつくという女性の特徴は武士も持っていました。常に神経を張り巡らし、自分も相手も周辺にもおかしな動きはないか、変化はないかとじっと意識を研ぎ澄ますのが武士だからです。

 

だから強い武士は細かい点まで目につきます。衣服のほつれ、髪の乱れ、弓や刀の不具合。こんな具合ですから、武士は屋敷も武具も毎日手入れして、少しも怠りがないようにしました。ですので強い武士は今でいう女子力が高い存在なのです。

 

はじめての戦国時代

 

軍隊が掃除ばかりしている理由

徴兵から逃れをようと国外に逃亡を試みる日本人兵

 

この武士の清潔好きは、明治の日本軍にもそのまま受け継がれました。

 

軍隊というのは、戦争中以外は毎日掃除ばかりしている組織で、銃の(ほこり)を取り油を塗り、ボタンのほつれを縫い脚絆(きゃはん)をキレイに巻き、床も柱も隅々まで掃除して磨き上げ、衣服は全て決められた形に畳んで整理整頓(せいりせいとん)します。

 

それでも上等兵は、いじわるにも掃除の行き届かない所を発見して私的制裁を加えたりします。これも結局はダラダラするな、神経を研ぎ澄まして、少しの異変も見逃してはならないという訓練なのです。

 

kawausoの母方の祖父は陸軍の兵士でしたが、軍隊時代の教育のお陰でかなり高齢になっても家の中にはゴミ一つなく、埃も落ちていませんでした。

 

合戦では隙を見せた側が負ける

馬に乗り落ち延びる明智光秀

 

戦場で勝ち上がった戦闘者としての武士は練達のレベルに達しているので、どこの武士でも、そこまで技量の差があるわけではありません。その上で勝敗を決定するのは、いかにこちらが隙を見せずに相手の隙を突くかという一点に絞られるわけです。

 

その為には、相手を見る力があるかどうかが試されます。相手が右利きが左利きか、腕や足に古傷があるか、相手の目つきから、こちらのどこを狙っているかを見抜き、その裏をかいて相手を仕留める方法を考えます。

kawauso

 

女子力が高い方が戦いに勝つなんて奇妙な話なんですが、相手の隙に気づいた方が勝つわけですから、まあ、そんな理由なのです。

笛を吹きながら大盗賊を捕まえた藤原保昌

源義経 鎌倉時代

 

最期に女子力が高そうで、かつ強い武士の話をしましょう。

 

平安時代の中期、源頼信(みなもとのよりのぶ)平維衡(たいらのこれひら)平致頼(たいらのむねより)らとともに道長(みちなが)四天王と呼ばれた武勇の士に藤原保昌(ふじわらやすまさ)という人物がいました。彼は武勇に秀でながら、和歌にも巧みで道長の仲介で和泉式部(いづみしきぶ)と結婚した人ですが、同時に笛の名手でもありました。

悪党(鎌倉)

 

今昔物語によると、或る年の10月、藤原保昌は好きな笛を吹いて月夜の道を一人で歩いていました。当時の平安京は治安が悪く夜は群盗が出ましたが、そんな群盗の親玉の袴垂(はかまだれ)という男が笛を吹く藤原保昌を見つけて、衣服を剥ぎ取ろうと機会を窺っていました。

京都御所

 

ところが、無防備に笛を吹いているように見える保昌にはどうにも隙がありません。まごまごしている間に袴垂は保昌の屋敷についてしまい、振りむいた保昌に「お前は衣が欲しいのか?」と腕を掴まれ屋敷に引っ張り込まれます。

 

そして、立派な衣をプレゼントされますが、袴垂はもう恐ろしくて震え、屋敷を飛び出して逃げていってしまったそうです。袴垂は群盗とはいえ親玉で度胸は据わっています。

 

その袴垂が動けないという事は、藤原保昌が笛を吹きながらも神経を張り巡らして、少しも隙が無かったからにほかなりません。

 

ね、藤原保昌は女子力が高い強き武士でしょ?

 

日本史ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

武士はキレイ好きというのは分かったけれど、貧しくて衣服を買えない武士はどうするの?そういう疑問を持った人もいるでしょう。ここでいう武士のキレイ好きは、決して新しく新調した衣服を着るという意味ではありません。粗末な衣服でも、ちゃんと洗濯しほつれを繕い、破れたらツギを当てて縫い糊を当てて清潔な身なりをしていれば、それで良かったのです。

 

さて、汚い身なりをした武士は実在しないという意味が分かったでしょうか?

 

参考文献:本当の武士道とは何か? 日本人の理想と倫理 PHP新書

 

関連記事:蒙古襲来!鎌倉武士はあまりやる気が無かった?

関連記事:戦国時代の武士にも出席簿があった!軍忠状

 

アンゴルモア合戦記の特集

 

 

 

はじめての三国志を、もっと読みたい方へ
Google検索であなたの優先ソースに登録しておくと、はじ三の記事が上位に出やすくなります。
  • この記事を書いた人
  • 最新記事
kawauso編集長

kawauso編集長

台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。「はじめての三国志」編集長。三国志・中国史を中心に、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を執筆・編集し、当サイトでは4,000本以上の記事を担当。三国志は正史から入ったため、演義を書くときのほうが神経を使うという天邪鬼。故郷・沖縄の歴史に関する勉強会の開催や、ラジオパーソナリティとしての活動も行う。

-戦国時代 (日本)
-