変わった兜は縁起を担いだ変わり兜!戦国時代のオモシロ系兜一覧

2020年5月29日


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戦国時代のオモシロ系兜(1P目)

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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戦国変わった兜 宗教系

 

・六文銭の兜

真田丸

 

真田信繁の兜として有名です。六文銭とは三途(さんず)の川の渡し賃であり、すでに冥途に旅立った気持ちで戦うという決死の覚悟を意味しますが、元は真田家の兜ではなく、祖父の真田幸隆(さなだゆきたか)が敵城に潜入した時に殺して成り済ました敵将の兜だったそうです。

 

・愛の兜

上杉謙信が信仰した毘沙門天(神話)

 

特徴的な愛一文字の前立ては、現代的なエロスの愛ではなく愛宕権現(あたごごんげん)という戦いの神の「愛」だそうです。あるいは、煩悩(ぼんのう)を悟りに変える愛染明(あいぜんみょうおう)の愛であるとも、どちらにしろ、命は大事!というより命を惜しむまじという意味の愛ですね。被っていたのはあの直江兼続です。

 

三鈷剣の兜

榊原康政

 

三鈷剣(さんこけん)とは、不動明王(ふどうみょうおう)が持つ武器で煩悩を(はら)うと言われています。徳川四天王の榊原康政(さかきばらやすまさ)の兜として有名です。やはり、死にたくないという煩悩を祓うのは、戦国武将でも大変だったんでしょうね。

 



戦国時代ライターkawausoの独り言

kawausoさんの麒麟がキター!

 

古今東西、兜をかぶる文化の国はあれど、日本ほどに独創的な兜を造る民族はいないのではないのでしょうか?それは恐らく縁起担ぎや士気を鼓舞する以外にも、敵もビックリするような兜を造れという戦国武将のリクエストに兜職人が必死に応えたからでしょうね。命のやり取りをしながらの遊び心が素敵です。

 

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kawauso

台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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