麒麟がくる第21話 感想あらすじ「決戦!桶狭間」麒麟がきた

2020年6月9日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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某疫病(ぼうえきびょう)騒動のお陰で、21回目で一時中止してしまう麒麟(きりん)がくる。しかし、止めの回があの桶狭間(おけはざま)だというから麒麟は色々持っているとも言えます。桶狭間で今川義元を討ち果たし織田信長は、私達がよく知るあの織田信長に生まれ変わるのか?

kawausoさんの麒麟がキター!

 

それでは元気に行ってみましょう。麒麟がキターーーーーーー!!

 

麒麟がくる第21話 感想あらすじ「元康動かず」

何本も翻る軍旗と兵士(モブ)

 

十兵衛と明智左馬助が尾張へと馬を飛ばしている最中、すでに今川義元の大軍は、三河の岡崎城から尾張の東国境にある沓掛城(くつかけじょう)まで進んでいました。一方、先陣を命じられていた松平元康(まつだいらもとやす)率いる三河勢は、すでに尾張に侵入し織田方の丸根砦(まるねとりで)・鷲津砦(わしづとりで)の間をほぼ無傷ですりぬけて大高城に入ります。

今川義元

 

そこに、明朝、丸根砦と鷲津砦を落とすようにという命令が今川義元から降りました。その夜、元康の母、於大(おだい)から文を預かった菊丸(きくまる)が元康の前に現れます。

菊丸(麒麟がくる)

 

手紙の内容は勝とうが負けようが三河には何の利もない、この戦から手を引くようにというものです。手紙に加えて菊丸は、織田に協力すれば三河のモノは三河に返すと信長が約束してくれたので寝返るべきであると元康を説きました。

徳川家康

 

しかし、いかに憎い敵であっても、長い期間今川に世話になった元康は、今川を裏切る事に躊躇(ためら)いがありました。それに、今川の兵力と三河と織田の兵力では差がありすぎる事を懸念し、三河の兵士の命を危険にさらせないと言って菊丸の誘いを拒否しましたのです。

 

麒麟がくる第二十一話 感想あらすじ「本陣の数」

織田信長

 

翌朝の夜明け前、松平元康の三河勢は丸根砦と鷲津砦を陥落させました。

 

同じ頃、信長は家臣の梁田政綱(やなだまさつな)の報告を険しい表情で聞いています。そして、眉間に皺を寄せたまま「籠城と伝えよ」と小姓に命じると部屋を出ていきました。

 

於大を使った松平元康懐柔も失敗に終わり、さらに籠城と聞いた帰蝶は青ざめます。それはそうでしょう、籠城とは古来、援軍の当てがある時の手段であり、孤立無援の信長が採用すれば、それは僅かに命が伸びるだけに過ぎません。

斎藤道三の娘・帰蝶

 

しかし、信長には考えがありました。

 

「今川義元は用心深く、東側の敵に備えて兵力を残しておくはずだと常々父上が言っておった、さすれば兵力2万以上と言えど、実数はそれを下回るに違いない」

経済政策が得意な織田信長

 

信長は、紙の地図の上に義元の兵力を分散させ、少なくとも2万から5、6千は消えていると確信し梁田に、今川本陣の兵力を探るように命じ、あとで善照寺砦で落ち合うよう命じます。

信長が籠城すると言ったのは、味方に紛れたスパイを欺く嘘であり、最初から信長は撃って出る以外に勝ち目はないと悟っていました。

 

「今、各砦で戦う味方を全て善照寺砦に集め、今川と一戦交える。今川義元が、こちらが考えているような大軍でないなら勝機はある」

 

麒麟がきた

 

麒麟がくる第21話 感想あらすじ「奇妙丸」

 

信長の悲壮な決意に帰蝶は泣き崩れました。勝てばいいけれども、もし信長が討ち死にしたら、最初の夫頼純(よりずみ)を失い兄弟を兄義龍(よしたつ)に殺され、次に父を失いさらに信長まで死ねば、帰蝶は天涯孤独(てんがいこどく)になってしまいます。

 

それを察したのか、信長は合わせたい者がいると言い、2歳になる奇妙丸(きみょうまる)という幼児を見せます。奇妙丸は信長が吉乃という側室に産ませた子供であり、帰蝶に申し訳ない気持ちで今日まで切り出せずにいたのです。

 

愕然(がくぜん)とする帰蝶に、信長は奇妙丸を抱かせました。騙して済まない、しかし、自分と帰蝶の間には子が出来ぬゆえ、織田家の為にはこうするよりなかったと信長は謝ります。そして、奇妙丸と織田家の行く末を頼むと帰蝶に告げて部屋を出てゆくのでした。

 

麒麟がくる第二十一話 感想あらすじ「十兵衛と帰蝶」

明智光秀(麒麟がくる)

 

信長が、丸根砦と鷲津砦陥落を横目でにらみながら善照寺砦に向かっている頃、十兵衛と左馬助はやっと清須城に到着します。しかし、すでに信長は不在で、帰蝶の腕の中には見慣れぬ子どもがいるだけでした。帰蝶は十兵衛の顔を見ると表情を崩し、「もう遅い、殿はすでに善照寺砦に向かわれた」と涙を見せました。

馬にまたがって戦う明智光秀

 

十兵衛は、事態が切迫している事を知り、厳しい表情になると帰蝶に一礼し、善照寺砦へと馬を走らせるのでした。

麒麟がくる第21話 感想あらすじ「狙うは今川義元!」

戦国時代の合戦シーン(兵士モブ用)

 

善照寺砦の兵力はざっと2500、信長が途中でかき集めた兵力を足しても3000名でした。しかし、梁田政綱の調べでは、今川軍の本陣は7、8000名であり、兵力には倍以上の開きがありました。今川軍の本隊は、松平元康が入る大高城に向かう途中で桶狭間を通過していました。大高城に入り兵力を集中させ、一息に清須城を落とすつもりです。今川義元が大高城に入る前に決着をつけたい、、なんとか今川本隊の兵力を減らす手はないか、、

 

そこで信長が閃いたのは、中嶋砦に陣取る佐々隼人正(さっさはやとのしょう)の兵力300に伝令を出し今川本隊を挑発する事でした。信長の策略は図にあたり、用心深い義元は1000名以上の兵力で佐々隼人正の部隊を蹴散らします。

 

これで、義元の本隊は5000余り、信長の兵数3000、これならば戦えると信長はまなじりを決して立ち上がりました。折から、突然に風雨が巻き起こり雷鳴が轟きます。

馬に乗って戦う若き織田信長

 

「目指すは桶狭間、狙うは今川義元の首唯一つ、それ以外は捨て首にいたせ」

 

槍を片手に砦を飛び出した信長に、弾かれたように3000名の織田軍が付き従いました。

 

麒麟がくる第二十一話 感想あらすじ「桶狭間」

若き頃の織田信長に敗れる今川義元

 

その頃、元康は休憩をとっていました。昨夜から一睡もせずに戦っている家臣の為です。それも考えず、義元は三河勢に今度は鳴海城へ向かえ、今度は桶狭間に行けと矢継ぎ早に命令を出していたのです。また、大高城に兵糧を運び込んだ時の城主の鵜殿長照(うどのながてる)が言った、義元が三河守に任官したという話も元康の心を苛(さいな)んでいました。

 

「この戦、勝っても負けても、三河の得にはならぬ」という母の言葉、「信長は協力すれば三河のモノは三河に返すと約束した」という菊丸の言葉。さらに、元康の脳裏には幼い日「義元は、いつか必ず討ち滅ぼす敵だ」と信長に誓った記憶が蘇ります。

武田信玄と徳川家康

 

そして、元康は桶狭間への出撃を命じる今川の要求を「本日はここを一歩も動かぬ」と頑なに拒否したのです。信長が恐れていたのは、大高城から元康が出撃し織田軍が挟み撃ちになる事でしたが、その恐れは元康に回避されました。

 

桶狭間では、激しい激戦が繰り広げられていました、折からの大雨は上がっていたものの、直前までの土砂降りは信長率いる3000の織田軍の姿を完全にかき消していたのです。

三国志のモブ 反乱

 

「塗輿(ぬりこし)じゃ!輿に乗っているのが義元じゃあ!輿を探せ」

 

信長の言葉に織田の兵は、輿から逃げていく今川義元を追います。さすがは、海道一の弓取り、義元は自ら刀を振るって奮戦しますが、供周りは一人減り、二人逃げという有様で遂には、義元一人になってしまいます。

 

そして、義元が気を逸らした隙に、毛利良勝が少年漫画顔負けの大ジャンプで、義元の腹に槍を突き立てました。

「毛利新介(もうりしんすけ)、今川義元を討ち取ったりーーー!」

かくして、戦国時代屈指の名勝負、桶狭間の戦いは織田信長の勝利で終ったのです。

 

麒麟がくる第21話 感想あらすじ「アフター今川」

武田騎馬軍団 馬場信春

 

戦いが終わった後、十兵衛が桶狭間に到着します。信長は珍しく安堵(あんど)した表情で「勝ったぞ」と告げました。

 

十兵衛が「見事でした」と言うと信長は、

「わしを褒めてくれるのか?父も母も、兄弟も、今まで誰もわしを褒めなかった。

しかし、帰蝶は何をしても褒める、あれは母じゃ」と十兵衛に嬉しそうに言いました。

 

そして、また会おうとその場を去ろうとする信長に十兵衛は

「今川を倒し、次は何をなさいますか?」と聞きます。

 

「美濃を取る、美濃は帰蝶の里じゃ、帰蝶を喜ばせる」

 

「では、その後は?」

 

と十兵衛が聞くと、信長は馬上でニヤリと笑い、何も言わずに十兵衛の前から去っていきました。

駒(麒麟がくる)

 

同じ頃、駿河では今川義元の討ち死を知った望月東庵(もちづきとうあん)と駒(こま)が今後の事を話し合っています。そこで、駒は松平元康から来た手紙を東庵に見せました。手紙の内容は、16年ぶりに母に会えた事、そして信長の計らいで元康が三河に戻れる事になった事が書かれていました。

 

二人は元康の近況を喜び、東庵が京に戻ろうと言うと、駒は京に戻る前に灸を頼まれている人がいると言いました。その老人は、芳仁と言い、京都に帰ると言うと駒に丸薬のつくり方を書いた紙を渡すのでした。

 

十兵衛は馬を走らせていました。まだ、何者でもない十兵衛ですが、脳裏に死んだ道三の「大きな国」、そして「信長から目を離すな、お前と信長と二人なら大きな事がやれるかも知れん」という言葉が繰り返し響いているのでした。

 

麒麟がきたライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

麒麟がくるは、21回で一旦休止して、また撮影が進んだら再開するそうです。大河ドラマ史上初めて、年をまたいで完結する事になりました。次からは、再び京都が舞台になり室町幕府最期の将軍、足利義昭も登場しそうです。

 

織田信長の上洛に向けて物語は動き、いよいよ十兵衛が織田信長の家来、明智光秀として歴史の表舞台に姿を現す事になりますね。

 

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麒麟がくる

 

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。「はじめての三国志」編集長。三国志・中国史を中心に、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を執筆・編集し、当サイトでは4,000本以上の記事を担当。三国志は正史から入ったため、演義を書くときのほうが神経を使うという天邪鬼。故郷・沖縄の歴史に関する勉強会の開催や、ラジオパーソナリティとしての活動も行う。

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