こちらは3ページ目になります。1ページ目から読む場合は、以下の緑ボタンからお願いします。
この記事の目次
売春しDVに身を震わす皇帝・ヘリオガバルス
ヘリオガバルスは、いつしか女性になりたいと考えるようになり、ペニスを切り落とそうと考えますが、皇帝が去勢する事は当然許されず、いつしか男を漁るために酒場に入り浸る習慣を持つようになります。
そして、化粧と金髪の鬘をつけて売春し、これでも止まらず宮殿までも自らの退廃の現場としました。さらに宮殿の一室に売春用の場所を用意して、そこを訪れる客に男妾として身を任せたのです。
彼は全裸で廷臣や警護兵を甘い声で誘い、男娼として売春する一方、金髪の奴隷ヒエロクレスを夫としてかいがいしく仕えます。さらに、ヘリオガバルスは、貞淑な妻ではなく、ふしだらな女と噂されるのを望み、他の男とも肉体関係を結んで、それをあえてヒエロクレスにバレるようにし、ヒエロクレスが嫉妬して暴力を振るうように仕向けました。
ヘリオガバルスは、ヒエロクレスに殴られて自分の眼の周りがどす黒く腫れ上がったことを悦んだそうです。
・・・・・・もう、何をどう言えばいいんだか、性癖ぐちゃぐちゃです。
マエサがヘリオガバルスを見限る
治世から4年近くが過ぎて、ヘリオガバルスの奇行に周囲は耐えかねていました。近衛隊も皇帝の異常な狼藉に激しい嫌悪を感じ、加えて宮殿外でも民衆や元老院が皇帝への不満と怒りを高めていました。
特に、エル・ガバルをローマの主神に据えて隕石を御神体とするエラガバリウムを建てさせたヘリオガバルスが楽器を打ち鳴らす怪しげな女の一団を引き連れ卑猥な踊りを踊りつつ、少年を殺して生贄にした時には遂にローマ市民も怒りの声を挙げます。
ヘリオガバルスの常軌を逸した狂いっぷりに、とうとう祖母マエサが見切りを付け出しました。ただ、共に実権を握っていたヘリオガバルスの母ユリア・ソエミアスは、流石に息子を庇い宗教政策を積極的に後押しするなど息子への協力を続けていました。
そこで、オババは、ヘリオガバルスを排除するのは時期尚早と考え取りあえず、時期皇帝としてソエミアスの妹である次女ユリア・アウィタの息子のアレクサンデル・セウェルスを後継者とする計画を立てます。
西暦221年、マエサオババは、ヘリオガバルスに対し従弟アレクサンデルを養子にするよう認めさせ、アレクサンデルにはカエサル(副帝)の称号を名乗らせます。こうして、ヘリオガバルス包囲網が徐々に完成されていきました。
倒錯皇帝の最期
いったん養子縁組を承知したヘリオガバルスでしたが、近衛隊の兵士たちがアレクサンデルに接近し始めたことから危機感を覚え、養子縁組を取り消してしまいます。
さらに、ヘリオガバルスは失脚したアレクサンデルを幽閉し、近衛兵たちには既に死亡したと伝えて動揺を誘おうとしますが、これが逆効果になりました。
近衛隊は動揺するどころか激昂して皇帝に対する反乱を起こし、皇帝に対しアレクサンデルの生死の確認とその責任を取るよう強く求めます。アレクサンデルは素直で実直な性格で変態皇帝よりも人望を集めていたのです。
恐怖したヘリオガバルスは慌て、アレクサンデルを急いで解放しました。事実上、ここでアレクサンデルを逃がした事でヘリオガバルスの運命は決定します。近衛軍の信任を失い、長生きできた皇帝は1人もいないからです。
3月11日、近衛隊の城砦に逃れたアレクサンデルは歓声をもって迎えられ、近衛兵は即座にアレクサンデルを指導者として、ヘリオガバルスへの忠誠を拒否、反ヘリオガバルスの軍勢を挙げ皇帝の宮殿に進軍を開始します。
マエサオババは、ここで完全にヘリオガバルスを見限り、同じく評判の悪い娘のソエミアスもついでに切り捨てます。かくして、祖母と近衛兵、全ての後ろ盾を失ったヘリオガバルスは母ソエミアスとともに反乱軍に捕らえられ斬首されました。2人の首無し遺体は激昂した市民たちによってグチャグチャに切り刻まれてからゴミのようにテヴェレ川に捨てられたそうです。
世界史ライターkawausoの独り言
ヘリオガバルスは殺された皇帝であり、同時に同性愛者である事からキリスト教圏での評価は最低で、悪行や変態ぶりにも誇張があるようですが、それでも変態ぶりは本物の部分が多いようです。
14歳で即位し18歳で殺されたヘリオガバルス、でも、僅か4年とは思えない程に変態ぶりと悪行てんこ盛りでゲップが出そうです。一生分の悪行を4年でやったと言えば、納得と言う感じですかね。
関連記事:ローマは塩がないと成らずローマ帝国と塩
関連記事:カエサルの生涯が凄すぎる!古代ローマ版曹操【ドラゴンブレイド番外】