今日のkawauso2「人を動かせる作品」

2020年8月3日


監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし内容に納得がいかないkawauso様

 

※kawauso編集長が今日思った事を書きます。

 

kawausoはコンテンツという言葉が好きじゃない。

コンテンツとは中身という意味で、中身は消費されれば終わりになるからだ。

冷たいソーダ水の入ったペットボトルは飲み干されたら、ただのカラで無価値になる。

消費されれば終わりという事は、毎日のように作り続けないといけない。

そして生産力が尽きれば、そのコンテンツは文字通りオワコンになる。

 

じゃあ、三国志はコンテンツなんだろうか?

明確に違う、三国志は1800年も前に書き終わっているけど以来、多くの人に読まれ続けている。

三国志は消費されて終わりのコンテンツではなく、人の想像力を汲みだす泉だと言える。

 

優れた作品は、消費されて終わりという事にはならない。

それは、読んだ人間の中に移動して、新しい作品を生み出す原動力になるからだ。

人は誰かの行動で、あるいは誰かの言葉で感情が動きそこから新しいムーブメントが誕生する。

 

はじ三は、消費されて終わるだけのコンテンツで終りたくない。

 

読者の皆さんに聞きたい、あなたの心を動かした作品はなんですか?

これから自分の心を動かす、どんな三国志に出会いたいですか?

kawausoに教えて下さい。

 

前回記事:今日のkawauso1史実の呂不韋の思想とは?

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kawauso

台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

-kawauso編集長ぼやき