司馬八達とは?司馬八人兄弟と馬家五人兄弟を考察

2020年9月2日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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司馬懿

 

(しん)高祖(こうそ)にして、魏の皇帝たちを支えた人物、司馬懿(しばい)。その司馬懿を含めた司馬家の兄弟たちを「司馬八達(しばはったつ )」と呼びますが、この司馬八達の意味とは?

 

年を取った司馬懿

 

今回はそんな司馬八達の解説に加えて、馬家の五人兄弟についてもお話しましょう。

 

司馬家の八人兄弟たち

司馬懿

 

では司馬八達こと、司馬家の八人兄弟をご紹介しましょう。

 

長男・司馬伯達(しば はくたつ)

次男・司馬仲達(しばちゅうたつ)

三男・司馬叔達(しばしゅくたつ)

四男・司馬季達(しばきたつ)

五男・司馬顕達(しばけんたつ)

六男・司馬恵達(しばけいたつ)

七男・司馬雅達(しばがたつ)

八男・司馬幼達(しばようたつ)

ポイント解説をするセン様

 

これは姓と名ではなく、姓と字で名前を表したものですが、彼らは皆、字に「達」の文字が入っています。これにかけて彼ら兄弟は「司馬八達」と呼ばれました。

 

司馬八達

司馬懿

 

と言ってもただ全員に達の文字が入っているだけならば、ここまで有名にはなりません。彼らは全員が達の字を持ち、その上全員が聡明な人物たちであったことから、八人の達人にかけて「司馬八達」と呼ばれたのです。つまり司馬八達には「八人の達たち」という意味と共に、「八人の達人」という意味がかかっているのです。

 

「達」とは?

司馬懿

 

ここで少し説明をしておきたいのが、八人の達人について。「達人」と言われると「それぞれが色んな才能に優れていたのか」と思ってしまうと思います。

 

司馬懿

 

たまにこの八人の達人を政治や軍事、芸術などそれぞれ別方向に才能を発揮していた、と考えてしまっている人がいますが、この場合の八人の「達人」はちょっと意味が違います。それについて次で解説しましょう。

 

達人の意味

頭を下げて礼を尽くして接する司馬懿

 

達人と言うと一つの才能に秀でているいる人間を想像してしまいますが、この達人とは「道理に精通した人物」ということを示しています。つまり司馬八達とはただ優秀なだけではなく、人として行うべき正しい道を進んだ者たち、という意味です。

 

 

司馬懿の兄である司馬伯達(しば はくたつ)司馬朗(しば ろう
)
は広く民に慕われ、三男である司馬叔達こと司馬孚(しばふ
)
もまた、温厚で誠実な性格であり、曹丕(そうひ)の弟曹植(そうしょく)を良く諫めたことを感謝されて厚遇されたとあります。優秀なだけでなく人の道を弁えた人物たち、それが司馬八達なのです。

 

もう一つの兄弟

馬良(眉白)

 

ここからもう一つの兄弟を紹介します。蜀の白眉(はくび
)
こと馬良(ばりょう
)
、彼らは五人兄弟でいずれも字に「常」の文字が入っていました。このことから馬氏の五常と呼ばれ、特に優秀であった馬良のことを「馬氏の五常、白眉もっとも良し」と言いました。

 

馬良

 

因みに馬良は字を李常といい、弟の馬謖は幼常です。ただし、彼らは司馬八達と違い兄弟の名前は残っていません。

 

兄弟の字の付け方

ゆるい許褚

 

古代中国における字について少しご説明しましょう。字では年長から順番に「伯(もしくは孟)・仲・叔・季…」と言うように字が付けられる、もしくは名乗るようになっています。日本で言うところの、一郎、次郎、三郎のようなものです。

 

魏の夏侯淵

 

分かりやすいのが司馬家、もしくは夏侯淵(かこうえん
)
の息子たちがこれに沿って字が付けられていますね。このことからおそらく馬良は四男で、兄たちは伯常、仲常、李常と言ったのかもしれません。

 

どちらが優秀?

司馬懿を欲しがってた曹操

 

さて司馬八達、馬家の五常、どちらが優秀だったのでしょうか?

 

簡単に考えれば名前が全員残っている司馬八達の方が優秀であったのかもしれません。しかし司馬家は西晋(せいしん
)
の皇帝一族であり、曹操(そうそう)に仕えた、いうなれば中央政権に仕えて支えていた人物たちです。つまり彼ら八人兄弟たちは歴史に残りやすかったとも言えます。

 

土いじりをする劉備

 

馬家が弟二人しか名前が残らなかったのは、劉備(りゅうび)が土地を得て安定していたから(それまでが長すぎた)、とも言えるでしょう。なので全員の功績と名前がしっかりと記録されていないこと、アドバンテージが違いすぎるのでちょっと比較がしにくいところですね。

 

三国志を楽しく語るライターセン様

 

しかし今後も歴史的発見がないとは言い切れないので、新しい発見、考察などをどんどんして取り入れ、していきたいと思います。まだまだ三国志の話は、尽きません!

 

三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

今回は司馬八達を主に、そして馬家の五常についても少しばかり解説させて頂きました。こういう兄弟関係というのもロマンがありますね。三国志の兄弟と言うと劉備三兄弟、義兄弟に注目されがちですが、他の兄弟たちも面白いのでこれからも色々とご紹介していきたいと思います。

 

参考文献:魏書司馬朗伝 蜀書馬良伝 馬謖伝

晋書 帝紀第1 宣帝 安平献王伝

 

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両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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