

今回は黄巾の乱から乱世の呼び水になってしまったような何進、そして何皇后についてお話したいと思います。このお二人、元々は屠殺業者をしていたのが妹である何皇后が後宮に入り、霊帝の目に留まって寵愛され、最終的に皇后になったことで有名ですね。

しかしこのイメージから「もとは肉屋だったくせに……」と言われてしまう場面、特に三国志演義では良く出てくる場面でもあります。今回はこの「職業」について、ちょっとお話しましょうか。
何皇后に至るまで

まずは妹、何皇后について。元々は屠殺業を営んでおり、長身の、しかも皇帝の目に留まったこともあっておそらくかなりの美人だったのでしょう。彼女は役人に賄賂を渡して後宮に入り、その後に劉弁を産みました。

そして180年、霊帝の皇后だった宋皇后が廃させられたので見事皇后の座を手に入れることになります。正にシンデレラのようなお話ですね。
姑との対立と、最期

しかし後に劉協が生まれたことによってこの生母を毒殺。劉協は祖母になる董太后に養育されることになりますが、後にこの董太后は何皇后と対立したことから幽閉、殺害されたとも言われています。

そして兄の何進は宦官たちに殺され、宦官たちは袁紹らに殺され、時代の勝者は董卓となりました。

この際に董卓は董太后の死に関わったとされる何皇后を毒殺。ある意味で董太后の報復により、何皇后はその最期を迎えることになりました。
異母兄、何進

では次に何皇后の異母兄、何進について。何進もまた妹と同じように屠殺業を営んでいましたが、妹が皇帝に見初められたことで皇帝付きの武官にまで出世しました。

その後に起こった黄巾の乱では大将軍となるまで上り詰めています。しかしその後、宦官たちを廃そうとするも先手を打たれて暗殺。更にその報復として袁紹らが宦官たちを廃して……乱世が始まることになるのです。
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