斬首刑と楽しむ至極のフレンチ!フランス革命とフランス料理の意外な関係

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ギロチンとフランス料理

 

ナポレオンの時代のフランス料理は、ヴェリィで惜しみなく飾り付けされた膨大な数のスープと、魚および肉料理、そして何十ものサイドディッシュのメニューが売りでした。とにかく、ひたすら大量に飲んで食べるのが当時の食事のスタイルだったようです。

 

そして、そんなフランス料理とギロチンは切っても切れない関係でした。ナポレオンの帝政が始まる1804年までの25年間、フランスは政権が二転三転し、敗れた側はギロチンで容赦なく首を落とされていきます。

 

君主論

 

例えば、清廉な独裁者として有名な急進左派、ジャコバン党の首領ロベス・ピエールは少数与党のハンディを克服すべく、政敵を次々とギロチンに送り、4000名も殺害する恐怖政治を展開、そして、最期は彼もまた、ギロチンで首を落とされています。

 

さて、革命の動乱期、パリではいつもどこかで公開処刑があり、槍の穂先に突き刺した人間の生首や、首なしで馬に引きずられる犯罪者の死体が、そこら中を練り歩き、あろうことか市民の娯楽になっていました。

 

当時のレストランでは、今のようなメニュー表はなく、壁に張り紙をしてメニューを知らせていましたが、テュイルリー宮殿に近い、あるレストランでは、メニューの中に本日のギロチン犠牲者(ぎせいしゃ)リストが掲載されていました。

 

そして、いつしかそのレストランは、ギロチン好き客のたまり場になり、ラ・ギョテーヌ(ギロチン亭)とあだ名されるようになるのです。




断頭台の処刑を見つつ、食べる人々

暗殺の天使 シャルロット・コルデー

 

当時のギロチンは車輪がついていて土台ごと移動が可能でした。理由は、人を集めて広場で公開処刑をするためで、政敵を威嚇(いかく)する残酷な政治ショーだったのです。そのため、広場に近く見晴らしがよい建物の2階ベランダ席は、概ねレストランであり、いよいよギロチン執行の時にはいつも大入り満員でした。

 

当時の紳士淑女は、大量に盛られた料理を食べながら、ギロチンの刃が落ちるのをハラハラドキドキで見物。

(ああ、あの気の毒な人と違い、私は生きていて本当によかった!)と生の充足感を見たし、

 

泣きわめき、あるいは堂々とギロチンに首を差し出す憐れな受刑者の断末魔を眼下に見下ろしつつ、異常な食欲で料理を平らげたのです。

 

平和に慣れた現代日本人には、異様な光景かも知れませんが、革命の嵐のフランスでは、人の不幸は蜜の味ならぬ、人の死は食欲を増進させる最高のスパイスであったのでした。




ゆるい都市伝説のまとめ

 

国王と貴族の所有物だったフランス料理は、革命が起きて貴族が国外に逃げ出し、料理人が失業しなければ、庶民にまで広がらなかった事でしょう。フランス革命が、民主主義を広めたかどうかは微妙ですが、フランス料理を庶民にまで広めたのは間違いない事実です。

 

そして、料理の食欲をそそるのは、ギロチンが産み出す人間の死という恐怖のスパイスでした。なんともはや、人間の食欲の業とは恐ろしいですね。

 

参考文献:民主主義という病い 小林よしのり ゴーマニズム宣言スペシャル

 

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コメント

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    • らいあん
    • 2020年 11月 04日

    諸説、ありますが…
    テーブルいっぱいに並べていた方式から一品ずつ運ぶスタイルになったのはナポレオン没落後、ロシア人料理人が職を求めてがフランスに大量に訪れたのがキッカケだったそうです。
    ロシアは寒いので料理を沢山並べると冷めてしまうので、一品ずつ提供する方が好まれたそうです。

    • 板倉
    • 2020年 11月 03日

    フランス革命時の第三身分の人口を見てみるとこんな感じ。

    市民(450 万人)
    上流ブルジョワ (法律家・実業家・特権商人)
    中級ブルジョワ (地方商人・産業家)
    下層ブルジョワ (商店主・手工業親方)
    サン・キュロット(職人・徒弟・労働者)

    農民(2000 万人:人口の 80%)
    1.大地主 2.大借地農 3.自営農民 4.折半小作農・雇農

    フランス革命時の平均寿命は25歳。粛清以前に第三身分の貧困化が凄まじい時代です。普通にそこら中で人が亡くなってる状況ですから、人の死に対しての関心さがかなり薄れていたんだと思いますよ。

    何処の出版社か忘れましたが、ギロチンに掛けられた多くの人々の遺書を纏めた本が出ていたはず。そのうち入手して読んでみたいものです。




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