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この記事の目次
南蛮ムツゴロウと進撃の巨人を連れてきた祝融の弟帯来洞主
そんな祝融夫人、弟がいるので紹介しておきましょう。帯来と呼ばれる弟は「帯来洞主」と役職付きで呼ばれ、
孟獲と祝融夫人が苦戦し始めると猛獣をあやつる「木鹿大王」、
体長が尋常じゃない上に体に鱗があるとか言われる「兀突骨」らに協力を要請する役割として、というかけっこう優秀な交渉役として出てくるのですが、彼らも最終的に破れてしまい、最後は諸葛亮に心服した孟獲と姉と共に忠誠を誓います。
姉は勇ましく奮戦する一方で、弟は交渉役と中々面白い姉弟です。ともあれかなり濃いキャラクターの登場もりもりだった南蛮編は、これにて幕を閉じるのでした。
祝融とは本名ではない
因みによく、姓が祝、融が名前と勘違いされていることがありますが、祝融夫人はあくまで火の神である祝融の末裔を名乗っていることで祝融夫人と呼ばれるだけであって、実際の名前ではありません。
この祝融という神は古代中国において火と南の方位を司る神であり、その姿は獣の顔をした人型の神とも言われています。洪水を起こす水神と戦って勝利したり、天帝の命をうけては殷が夏を滅ぼす際に火を降らせたりしたと言われている神様であり、中々強く、南蛮王・孟獲の妻がその末裔を名乗るに相応しい、荒々しくも勇ましい神様です。
そんな神と夫人を結び付けたというのは、三国志演義の面白さをより深くしていると言えるでしょう。祝融夫人もまた、三国志演義の面白さを象徴するキャラクターだと思います。
祝融の娘が関索のヨメになった?
ここで最後に小話を。関索を主人公とした京劇「龍鳳巾」には、祝融の娘とされる「花鬘」という女性が登場します。
彼女は母親に似て武術に優れており、関索と戦った際に彼に退けられるも、なんと後に南蛮軍に捕まった関索と婚約!
南蛮平定が終わった後には正式に結婚するという関索ハーレ……コホン、関索の妻の一人となった女性です。これを見ていると、三国志演義では夫顔負けの戦いを見せてくれる祝融夫人もまた、かつては孟獲に敗北して妻になったのかな~?なんて考えてしまい、そんな若い頃の南蛮王夫妻もまた面白そうだな、と思うのですが、皆さんはどう思いますか?
三国志ライター センのひとりごと
三国志演義ではいきなり始まり、ガラリと雰囲気が変わる南蛮編。出てくる出てくる良く分からないキャラクターの数々。
ただし夷陵の戦いの後ともあって、久しぶりにワクワクしたのを覚えています。突拍子もないように見えて中々に盛り上げてくれる南蛮編での登場、祝融夫人。苛烈ながらも最期は夫に殉じようとするその姿は、今でも印象深いキャラクターの一人ですね。
参考文献:三国志演義 史記
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