戦国の城はどの程度で完成したの?戦国時代の素朴な疑問




はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

名古屋城

 

戦国時代は、そびえ立つ城が存在しないと始まりません。時代劇だって最初のアップは天守閣つきのお城の遠景である事が多いですよね?

 

でも、そんな城はどの程度の期間で完成したのでしょうか?

今回は、山城の築城期間について解説します。




信濃上原城の築城期間

真田丸 武田信玄

 

城がどの程度の期間で完成したのか?それについて記している記録はあまり多くないようです。当時は、各地に小規模な城が多く築城されていましたから、それをわざわざ記録に残そうとは思わなかったのかも知れません。

 

そんな中で、武田信玄が諏訪(すわ)における拠点とした信濃上原城(しなのうえはらじょう)に関しては、築城期間についての記録が残っていました。

 

武田信玄が作った甲陽軍鑑

 

甲陽日記(こうようにっき)の記録によると

天文12年(1543年) 出来事
5月25日 鍬立(くわだて)(地鎮祭)
6月20日 普請(ふしん)
6月26日 城の御座(ござ)と4つの城門と木戸が建てられる。
7月13日 長坂上原在城衆(ながさかうえはらざいじょうしゅう)入城
天文13年4月15日 上原城完成

 

このように、信濃上原城は、鍬立から2カ月足らずで在城衆が入城し、住めるようになっている事が分かります。その後も工事は続き、全体では11ヶ月くらいで完成していますが、これは、城下町の建設まで含まれているという説もあります。とりあえず機能するようになるまでは、2カ月程度ですから、現在の一軒家よりもスピーディーに完成するみたいですね。




まるで一夜城?花の山城

何本も翻る軍旗と兵士(モブ)

 

戦国の城は、役割により規模も千差万別でしたが、敵の城の近くに建てられる付城(つけじろ)になると、さらに工事も簡単で迅速に築城されました。

 

島津氏が阿蘇氏(あそし)肥後堅志田城(ひごかたしだじょう)を攻める際に築城した付城、肥後花山城(はなのやまじょう)は、天正11年(1583年)10月28日から築城が開始。わずか2日で警備兵が警護できるレベルになり、11月10日、12日間で完成した事が上井覚兼(うわいかくけん)()日記に出てきます。

 

中国大返し(豊臣秀吉)

 

まるで、木下藤吉郎(きのしたとうきちろう)の墨俣一夜城ですが、花山城は山頂の曲輪(くるわ)と数段の帯曲輪(おびくるわ)程度で、明確な堀切もない簡単な城でした。花山城は、どちらかと言うと防塁のような意味合いが強そうですね。

 

【教科書では読めない裏話満載の戦国時代特集】
はじめての戦国時代

 

築城の過程

長安(俯瞰で見た漢の時代の大都市)

 

一般的な築城は以下のような過程を経ておこなわれていたようです。

 

1) 城の位置を決める地選(ちせん)
2) 場所を確定する地取(ちどり)
3) 縄張を決める経始(けいし)
4) 土木工事の普請
5) 建築工事の作事(さくじ)

 

しかし、戦国時代の文書に見られる用語は「普請」が圧倒的で、「鍬初(くわぞめ)」、「鍬立」という用語がしばしば見られる程度であるようです。城の位置を決める地選や地取は、その土地の実力者や農民と相談して決めたらしく、そこが聖地だったりすると、農民の反対が起きて築城を断念するケースもありました。

 

一向一揆(農民)

 

強行すれば出来ない事はなかったのですが、地元の農民の恨みを買っては、いざという時に足を引っ張られるので、強行しない事も多かったようです。

 

城の普請は知行役と公事の2種類

 

では、戦国の城は、誰が主体となり築城していたのでしょうか?

 

比較的に研究が進んでいる後北条氏の普請は、家臣である給人(きゅうにん)に知行高により賦課(ふか)される知行役(ちぎょうやく)と、村・百姓に賦課される公事の2種類がありました。これは、武田、上杉、毛利など各地の戦国大名にもおおむね共通していたようです。

 

また、城は一度築城すればメンテナンスの問題がつきものになります。

例えば、後北条氏の城、玉縄城(たまなわじょう)の塀のメンテナンスは、玉縄城領内の東郡(さきぐん)三浦郡(みうらぐん)久良岐郡(くらきぐん)の3郡に課されていて、台風などで塀が壊れると、奉行人に催促される前に自発的に修復する事が義務付けられていました。

 

そして、この三郡のメンテナンス義務は玉縄城がある限り末代まで続くとされ、三郡は城と運命共同体とされました。城のメンテナンスは、かなりの負担で戦国時代が終わると農民たちは使わない城の廃棄を望む事が多かったようです。

【次のページに続きます】




次のページへ >

1

2>
  • コメント: 0

関連記事

  1. 織田信秀(おだのぶひで)は信長のお父さん
  2. 黒田官兵衛
  3. 仙台城
  4. 安土城 織田信長が作らせた城
  5. 名古屋城
  6. おんな城主 直虎

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。




はじめての三国志企画集

“はじめての三国志企画特集"

“はじめての三国志公式LINEアカウント"

“光武帝

“三国志データベース"

“三国志人物事典

鍾会の乱

八王の乱

“はじめての三国志公式LINEアカウント"




PAGE TOP