董卓だけじゃない、気に入らない者は即死刑!「三国志」の暴君たち3選




 

呉の最後の皇帝「孫皓」

建業を捨てて武昌に首都移転する孫皓

 

次に紹介する「孫皓」は呉の最後の皇帝になります。当時の呉は重臣たちの内部抗争に悩まされ、更に蜀の滅亡、魏の侵攻など窮地に立たされ、優秀なリーダーを必要としていました。

 

孫晧(孫皓)

 

孫皓(そんこう)は「優秀な人物、孫策(そんさく)の再来である!」と有名であり、呉の未来を憂う家臣たちの期待を一身に背負って皇帝に即位したのです。

 

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【呉と孫権が抹殺したい事件・二宮の変】
二宮の変

 




呉を滅亡においやった暴君

孫皓と張俊

 

期待されていた孫皓ですが、皇帝に即位すると董卓のような暴君に変貌します。毎日のように宴会を開き、臣下が泥酔するまで宴会を終わらせない。

 

モブ朝まで三国志

 

また、臣下に気に入らない者があると容赦なく処罰し、一族でも例外ではありませんでした。気に入らない女官も片っ端から殺して川に投げ込み、酷い時は皮を剥いだり、目をえぐったりもしたそうです。

 

普に降参する孫皓

 

また派手な宮殿を作るなど人民にも重い負担を強いて民心も失っていきました。そんなところに魏の後継「晋」が大軍を率いて侵攻、呉の防衛線はあっさりと突破され、孫皓は降伏しました。人民を苦しめた孫皓でしたが、晋では貴族として優遇され、42歳で亡くなっています。

 

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【蜀漢の滅亡】
蜀漢の滅亡

 




 

三国志ライターみうらの独り言

みうらひろし(提供)

 

古今東西問わず、時代の節目には暴君が現れ、人々を苦しめるものです。現在でも世界には「独裁者」と言われる暴君がまだいるようです。日本には公正な選挙があるため、そのような暴君が出現する可能性は低いですが、何が起こるか分かりませんので、みなさん選挙には行きましょうね。

 

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コメント

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    • ななし
    • 2021年 10月 13日

    ばななおいしい




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