謎の女王?卑弥呼の「占い」で使われた道具とは?


 

 

「鏡」も卑弥呼の占いの道具だった?

邪馬台国と魏の兵士

 

卑弥呼は当時の魏に使者を送っていますが、その返礼に「銅鏡100枚」が贈られたそうです。鏡は現在でも神社に祀られていることが多いことから、「神聖なもの」と古代から扱われていました。その鏡を手に入れた卑弥呼はその道具を占いで使って自分の神聖さを高めていたのかもしれません。

 

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その後の「卑弥呼」と「邪馬台国」

邪馬台国と倭人

 

卑弥呼が亡くなり、跡継ぎに「台与(とよ)」と言われる女性が立ったことは「魏志倭人伝」に記載されていますが、その後は中国の史書から倭国の記載は消え、再び史書に登場するのは5世紀になってからです。そのころの倭国は占いで国を治めるのではなく、武力で君臨する国家に変わっていました。

 

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三国志ライターみうらの独り言

みうらひろし(提供)

 

卑弥呼は占いで国を治め、その道具として「骨」を使っていたと考えられます。邪馬台国についてはわからないことが多すぎますが、その「占い」の道具がもっと見つかれば、邪馬台国の秘密も明かされるかもしれませんね。

 

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歴史が好きになったきっかけはテレビの再放送で観た人形劇の三国志でした。そこから歴史、時代小説にはまり現在に至ります。日本史ももちろん好きですよ。推しの小説家は伊東潤さんと北方謙三さん。 好きな歴史人物: 呂蒙、鄧艾、長宗我部盛親 何か一言: 中国で三国志グッツを買おうとしたら「これは日本人しか買わないよ!」と(日本語で)言われたのが思い出です。

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