この記事の目次
邪馬台国と狗奴国、そしてヤマト政権との関係は?
その後の日本では現在の天皇家につながる「ヤマト政権」が誕生しました。この「ヤマト」と「邪馬台国」「狗奴国」は関係があるのでしょうか。それには様々な説が入り乱れていますが、代表的なものを紹介しましょう。
- 邪馬台国が狗奴国を滅ぼして倭国統一、ヤマトに
- 狗奴国が邪馬台国を滅ぼし、ヤマトに
- 邪馬台国、狗奴国ともに他の勢力に滅ぼされた
いずれも決め手に欠け、実際はわかりません。なぜなら日本側の資料には「邪馬台国」も「狗奴国」もそれに似たような国もほとんど見られないからです。
関連記事:邪馬台国のラストエンペラーの正体を探る!仕組まれた神武東征?!
中国の歴史書も「邪馬台国」についてよくわからない
ちなみに中国の歴史書では「倭国」について見解が分かれており、「隋書」には「ヤマトは魏志に書かれている邪馬台国である。」
「旧唐書」には
「日本は倭国の一種族である。
または、日本は小国であったが倭国を併合した。」
「新唐書」には「倭国はいにしえの倭の奴国である。」「宋史」には「日本国はもともとは倭の奴国なり。」と、バラバラです。これは推測ですが、それぞれの王朝に送られた使者が「魏志倭人伝」の「邪馬台国」や「奴国」について尋ねられ、明確に答えられなかったのでしょう。当時の日本人にとっても「邪馬台国」や「卑弥呼」は謎だったのかもしれません。
関連記事:邪馬台国滅亡の謎に迫る!なぜ滅びたの?
関連記事:【衝撃の事実】邪馬台国の重臣・難升米(なしめ)の子孫が大和朝廷の重臣だった?
三国志ライターみうらの独り言
日本の古代は記録がないのでとにかく謎が多いです。一方中国は当時から膨大な記録を残しており、正直羨ましいと感じられることもありますね。ただ、謎が多いほうが面白いような気もしますが。
関連記事:女王・卑弥呼はどこから来たの?邪馬台国のミステリーに迫る!
関連記事:新事実!?邪馬台国は魏とお金を使って貿易していた?(HMR)
関連記事:松本清張も注目!邪馬台国(やまたいこく)はどこにあったの?