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荊州四英傑の一人『韓玄』はなぜ「羅貫中被害者の会」会員になってしまったのか?

2022年4月16日


 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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三国志演義での悪役化

 

韓玄が三国志演義で悪役化されている理由ですが、その一つとして「劉備と敵対した」という一件があるでしょう。立ち塞がる悪役たちを順番に倒していく、というのは少年漫画での定番ですからね。

 

また黄忠が劉備陣営に参加する、ということを意識すると、善良な上司よりも、悪役である、そしてそんな悪役に最後まで仕えようとする忠臣というのは良いシーンとなります。そして韓玄が正史で殆ど記録がない、というのもそれに拍車をかけたのだと思います。

 

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ぐっすり眠れる!ながら三国志

 

 

ただし

 

じゃあ韓玄が三国志演義被害者組の一人、というとそれもちょっと首を傾げる所。なぜなら韓玄が普通に良い君主として出てきて、劉備に逆らうと何されるか分からんから降伏しよ……とかなって、何だかんだ黄忠と魏延が仲間になりました……となった場合、たぶん、韓玄は読者からすぐ忘れられたと思います。

 

筆者も横山三国志で韓玄を覚えている理由が、魏延が反乱を起こしたシーンが印象的だから、なのです。そういう意味では、韓玄は「良く分からないけどもしかしたらいい人だったかもしれない人」から「周囲を引き立てるための悪漢だったが記憶には残った」になったとも言えます。

 

個人的には偉業を削られたり出番を削られたりナレーションで死んだことにされたりするよりは、まだ扱い的には良かったかな……なんて思う筆者でした。

 

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関羽

 

 

 

三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

三国志演義では劉備の前に立ちはだかる荊州四天(とか呼ばれてはいない)がいますが、その中では劉度が一番記憶に残っていませんね……そう考えなおすと、韓玄はインパクトでは勝利していると気付きました。

 

三国志を楽しく語るライターセン様

 

こういう気付きは自分の中でも驚きだったので、ちょっと韓玄についてお話してみました。つくづく三国志演義は考えられて書かれているんだな、と思った次第です。

 

参考文献:蜀書先主伝 黄忠伝

 

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合肥侯擁立事件

 

 

 

 

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セン

セン

両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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