今回は水滸伝の中でも少し異質な登場人物、安道全についてお話ししたいと思います。言ってしまうと医師であり、ゲームとかでいうと回復役、いると格段に安心なキャラクター!
と、いうとそういう登場人物もいるよね~、くらいにしか思われないと思いますが、水滸伝の医師はまたひと味違う。割と終盤に出てくるけれどもかなり強烈なキャラクター、今までにない登場人物像、そうして梁山泊の終わりの引き金ともなった人物、それが安道全。今回はそんな彼のご紹介をしましょう。
この記事の目次
安道全とはどんな人物?
さて、安道全とは梁山泊第五十六位の好漢であり、他の一百八星・地霊星の生まれ変わり。綽名は神医という文字から分かる通り、どんな重病でも、重症の患者でも治療してしまうというゴッドハンドの持ち主という意味を持っています。因みに金陵建康府の出身ですが、彼が梁山泊入りするには一幕あります。
異名「神医」とは?安道全の名声の理由
さてある時に首領・宋江は先代首領である晁蓋によって夢でお告げされたように、重い病気になって背中にできものができてしまいます。意識不明にまでなった宋江をどうにか救う方法はないか、という所で張順が思い出したのがかつてどんな医者からも見放された母のできものを見事治療した安道全。彼を梁山泊に招こう!という所でお話がスタートするのですが……ここから、梁山泊らしい仲間入りエピソードが発生してしまうのが、水滸伝という話処。
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【中国を代表する物語「水滸伝」を分かりやすく解説】
宋江を救った名シーンの裏側
張順はさっそく安道全を梁山泊に招こうと赴きますが、途中で追いはぎにあうなどトラブルに。そこで何とか安道全のもとにたどり着くも、安道全はお気に入りの娼婦と別れたくないから~と梁山泊に赴くのを拒絶。しかーし!ここで判明するこの娼婦、何と張順を襲った賊の情婦と判明!
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水滸伝の中での安道全の役割と意義
ここで張順、この女性の一家を皆殺し!(なんでそこまで……)そうして無残極まりない殺害現場には
「殺したのは安道全」
と書き残したのでもうここにはいられないとなった安道全先生、梁山泊入りして逃げ延び、そこで宋江を治療することとなるのでした。かなり強引に梁山泊入りさせられるもその医術の腕は正に神の如し、梁山泊には顔に刑罰のための入れ墨をされている者も少なくはありませんでしたが、この入れ墨は安道全によって消されていきます。また度重なる怪我人や重病人も、この神医によって助けられていくのでした。
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安道全の性格・人物像を深掘り
安道全、腕は確かなのですが初っ端から重病人がいるのにお気に入りの娼婦が~とかやっちゃうので、かなり今までのキャラクターとは違う印象を受ける人も少なくないでしょう。しかしその腕は間違いなく一級品、これ以降も様々な人物を大怪我から救うのみならず、何とお医者様には治療不可とされる恋の病さえもお手の物なことが判明!
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冷静沈着かつ人情に厚い ― 医師としての理想像
これは夢に出てくる女性に懸想した張清の話を聞いた時のこと、その女性が敵軍の瓊英だと判明し、安道全は彼女の義父がいる敵の城に変装して乗り込んで危篤状態だった彼を治療、信頼させてから自分の弟と偽って張清との結婚の許可を得ます。
瓊英自身も夢で出会っていた張清に思いを寄せていたのでここはハッピーエンド……ではなく、この義父は瓊英の実の両親の仇の義兄、というややこしい実情が判明。ここで更に手を貸す安道全、義父を毒殺、諸将を投降させ、城を落として大活躍、瓊英は後に両親の敵討ちも無事に遂げることができ、万事解決と相成りました。このシーンは正にラブロマンスだけでなく手に汗握る展開で、安道全の名シーンの一つでしょう。
名医としてだけでなく、安道全の危険を顧みない忠義と責任感、そして凡人とはまた異なる「義」の形を持つ人物像が見えてくるのではないでしょうか。他キャラクターとの関係性から見る安道全の人間ドラマの中でも、トップとも言える良い結末の話なので、ぜひこちらは原典でご確認ください。
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他作品との比較で語られる理想の名医像
さて、安道全には歴史上の実在モデル……と言われると難しい所ではあります。ただ切った張ったの話なので医師は不可欠ではあったのでは……という割には、その活躍は後半でも強烈ですので、ここはもっと別の意図もあったのでは……というのはまた後程。
時代を考えると、影響を与えたのは中国医学の祖・扁鵲、もしくは三国志演義に出てくる華佗医師なども名医というべき人物ですね。ただ彼らは超常的な逸話を持つ扁鵲、時代よりも一歩先を行く名医である華佗と比較すると、どちらかというと医療的な技術力ではなく、その胆力の強さなどを引き継いだような人物と言えるのではないでしょうか。医は仁術、とは言えども困った相手には義をもって接する、時代の権力者にも望まれる名医、そう言った所に、当時の時代の「らしさ」を感じますね。
水滸伝における知と「徳」の終着点
そんな安道全の終着点についてお話していきましょう。その最期、と言いますか、退場はある意味、とてもあっさりとしています。徽宗皇帝の些細な疾病の診療を命ぜられ、首都開封へ呼び戻される安道全。そのため梁山泊軍は医師不在となり、多くの戦死者や病死者を出すきっかけとなります。そう、これこそが梁山泊の終焉の一因となっているのですね。そうして安道全は首都帰還後、朝廷において太医院の金紫の医官に任命されたという記録が語られるのみです。
忠義か自由か ― 安道全の生き様が問いかけるもの
さて、最後まで梁山泊と共にあらなかった安道全とは、どんな医者だったのでしょうか。得たのは忠義だったのか、それとも自らの安全のみを得たのでしょうか。そこに何かかから解放された自由はあったのでしょうか。こう書いてしまうと、現代に通じる安道全の思想と価値観について述べているようですね。
最後に至る所に安道全自身の語りはありませんので想像でしかありませんが、前提として彼らは悪星の生まれ変わりです。なので水滸伝で最期がもの悲しいのは、最早そう決められた業と運命だったのでは、とも語られます。
安道全が関わる人物たちの運命への影響
では、安道全はどうでしょうか。彼はそれまでも、そうして梁山泊入りした後も、医師としてできることを全うし続けました。相手が皇帝であることで少し邪推してしまいますが、それでも彼は生きて人を救うことができる道を、まずは生きることができる道を選んだのではないでしょうか。その先に、もっと多くを救えると自分を信じたのでは、ないでしょうか。
個人的な意見ですが、悪星の宿命から解き放たれた一人であると、安道全には思いを馳せてしまいます。何を成すかではなく何を出来るかを考えた、それこそが安道全の最後におけるメッセージであると、思います。ただ、余計な事を言うと「こいついつまでもいたら水滸伝終わらないな……」そんな回復役に対するヘイトもあったのでは、という邪推をしてしまう筆者でした。こちらは高島俊男氏による考察によるものですが、確かに公孫勝の脱退も相まって、余計にそう推察させれてしまいますね。
ただ物語の終わりとしてそこに至るまでに暴挙を重ねてきた李逵や魯智深が、その最期は寧ろ当人たちからすると清々しく、読者としても思いを馳せてしまいやすいこともあり、安道全にはもう少し何か語ってほしくもあります。もう少し生き残った側としての何かメッセージが今後の創作などで描かれるなどしたら、より面白く魅力を深められるのでは、と思っていますね。
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原典『水滸伝』における安道全の描写と解釈
さて、原典における安道全を色々と語りました。初っ端の印象はかなり今までの好漢とは違い、好色なイメージが植え付けられつつも、その医師としての腕は完璧。正に神医としての綽名を欲しいままにしていると印象付けた上での、恋の病も治療可能。特に張清、瓊英夫妻の名仲人といってもそれ以上!な大活躍は、医者としてだけでなく、義侠心も併せ持った好漢としての印象を強くしますね。
北方謙三水滸伝に描かれた安道全
そこで今一番ホットなドラマ、北方謙三水滸伝の安道全についても少しばかりお話ししましょう。演ずるのは金田哲さん。
『長身でひょろりとした印象の職人気質で無愛想・偏屈だが、病気や怪我を治せないとわかった場合は率直に伝える、謝るといった誠実さも持っており、命に差はなにもないとも発言している。時折人情に厚い一面も見せることもある。基本的に病気や怪我を治すことしか関心がなく、「三日、病人に会わないと自分が病人になる」と林冲に発言している(抜粋)』
これはかなり攻めてきたキャラクター付け。好色イメージは取っ払い、職人気質な医者を前面に出してきたキャラクター。
皆さんはどうでしょうか?
私めは少々見た目のイメージではもっとガタイがよさそうな印象がありましたが、設定を見るとかなり変人そう(褒めセリフ)で期待大です!キャストを見ているだけでもワクワクしてくる北方謙三水滸伝をドラマでどう演出していくのか。もちろんこのドラマのみならず、今後も、そして今までも様々な水滸伝の媒体は多くあります。当面はこちらを期待してしまいますが、その多方面もより賑わって、水滸伝の世界を広めたいですね!
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水滸伝ライター センのひとりごと
因みに水滸伝における筆者の安道全のイメージは
「何か活躍しているけど医者だから途中で権力者の怒りをかってしまって退場するのだろうな」
だったので、思いもよらない退場形式に驚いた記憶があります。当時としてはいきなりだと思いましたが、年を重ね、どういう意味か、こういう意味か、そんな風に思いを馳せ、今回の安道全の最期でちょっとした妄想をしてみました。これもまた、水滸伝の楽しみですね。
それではみなさん、湖のほとりで。どぼーん。
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