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竜にも階級があった!?某国民的・神龍が登場する漫画は中国史に忠実だった!

2017年7月13日


 

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さてさて、今回も賑々しく始まります、「はじ三ミステリー調査班」!!

(HAJISAN MYSTERIES RESEARCH)

 

今回は中国の象徴的存在である「竜と鳳凰」の秘密に迫ってみましょう。

あの人気コミックの「竜」の描写は“意外”に正しかった?

そして、三国志に登場するあの名軍師の意外な正体とは!?

果たして、今回はどんな秘密が暴かれてしまうのか?

それを考えると、興奮のあまり夜しか眠れなくなってしまいそうです!!

 

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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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最古の王朝よりも古い、中国の「竜」の歴史

 

読者の皆様は「中国」という言葉で、なにを思い浮かべますか?

「竜」を思い出す人も多いのではないでしょうか。

中国の絵画や建築に、竜やそれを模した意匠を描くものは

数多くありますし、私たち日本人とってもお馴染みですね。

ラーメンのお茶碗なんかにも、竜の意匠が描かれてることも。

 

中国における竜崇拝は、紀元前5000年の頃の

「仰韶文化」(ぎょうしょうぶんか、ヤンシャオぶんかとも)の時代に

遡ることができます。これは中国の文献に残されている最古の王朝である

「夏」(か)よりも、更に3000年も古い時代に当たります。

 

 

もともとは、部族が自分たちのシンボルとして用いるトーテムの

ひとつとして用いられたヘビのイメージに、古代インド神話に

描かれている蛇神「ナーガ」の伝承が入り込み、

「竜」という架空の存在を生み出していったと考えられます。

 

「竜」=「水神」のイメージの起源はインドにあった?

 

もともとは手足のない蛇神から生じた「竜」に四肢が生じたのは

古代中国では各地で恐竜の化石が発掘されたことが影響しているようです。

この恐竜の化石の存在が、前述したインドからの伝承である蛇神「ナーガ」や

古来から用いられてきたトーテムとしてのヘビと融合し、現在私たちの知る

「竜」のイメージへと昇華したのでしょう。

 

「竜」には「水神」というイメージがありますが、

これも、インドの「ナーガ」の伝承の影響であると考えられます。

仏教では流派仏法を守護する「天龍八部衆(てんりゅうはちぶしゅう)」の

ひとつとされ、雨の恵みをもたらす水神とされています。

 

ちなみに、日本における「竜」も水神とされていますが、

これは飛鳥時代に日本にもたらされた「竜」の伝承が

前述の「天龍八部衆」によるものであるからと考えられます。

 

古代中国・超科学の世界に挑戦する HMR

 

 

皇帝の象徴となった竜

 

中国の歴史は治水の歴史であるとも言われます。

黄河と揚子江という2つの大河を抱え、治水事業は

その流域を統治する為政者にとっては不可避の問題でした。

 

インド神話のナーガが伝来し、中国においても雨や天候を司る存在と

された竜が、治水を担う為政者にとってのシンボルとなることは

ある意味必然の流れでした。

 

中国神話において竜はより高位の神の命によって雨を降らせる

ものとされました。もともと、唯一無二の存在の神と同等の

名を持つ皇帝が、竜を従え自らの命を持って竜に雨を降らしせしめる

のは、当然の事業であったとも言えるでしょう。

 

かくして、竜は皇帝の権威の象徴として、代々の王朝に

用いられることになるのです。

 

皇后を象徴するのは鳳凰だった。

 

ちなみに、皇帝が竜をその存在のシンボルとしたのに対し、

その妻である皇后のシンボルとされたのは、鳳凰という

神話上の鳥でした。

 

これは、陰陽思想によるもので、

竜を「陽」=「男性」とするのに対し、

鳳凰は「陰」=「女性」を示すものとされたことが

由来となっています。

 

竜にも階級があった?

 

しかし、竜をシンボルとして使いたかったのは、

何も皇帝だけではありませんでした。

諸侯貴族から、果ては下級官吏から一般大衆にいたるまで、

権力の象徴たる竜は憧れのシンボルであり、これを象徴的存在として

用いる風習は広まっていきました。

 

皇帝が用いるシンボルとしての竜と、

庶民が用いる竜が同じ存在であるのには問題があります。

そこで、竜にもその身分の上下を示す階級が生じることになりました。

 

竜の階級は、ひと目でわかる竜の身体的特徴で表されました。

それは、爪の数です。

 

竜の階級は爪の数でわかる

 

当初、竜の姿は三本爪で描かれたと想像することができます。

しかし、竜が広く権力の象徴として用いられるようになるうちに、

より高い等級として、爪の数が多い竜が描かれるようになりました。

 

一般庶民や下級官吏が三本爪の竜をシンボルとして愛用したのに対し、

貴族や高級官吏は四本爪の竜をシンボルとしました。

そして、皇帝を象徴する竜は五本爪とされたのです。

 

皇帝を象徴する竜が五本爪で描かれるようなったのは元の時代の

規則に始まり、明の初代皇帝である朱元璋が制度として、

皇帝の象徴たる竜を「金色・五本爪」と定め、

皇帝以外の者がこれを用いた場合、死罪とすることが決められました。

 

日本の竜はなぜ三本爪?

 

ちなみに、日本で描かれる竜の多くは三本爪の姿をしています。

 

え、ということは、日本は中国の諸侯より低く見られていた?

 

中国から竜の存在が日本に伝えられたのは

飛鳥時代と考えられています。

朱元璋が竜の等級に関する規則を作ったのは、

それよりずっと後の明の時代です。

 

つまり、日本の竜は中国の古い竜の姿を留めている

と見ることもできるでしょう。

 

ドラゴンボールの神龍(シェンロン)は、歴史的に正しい竜だった?

 

 

ところで。

現代日本人である私たちにとって、

もっとも馴染み深い「竜」と言えば、

ドラゴンボールの神龍ではないでしょうか?

 

ドラゴンボールに登場する神龍は、四本爪の竜として描かれています。

あれ? なんで神龍が四本爪でないの?

そう思われるかもしれません。

 

神龍の後に、その上位の存在の竜であるポルンガが登場します。

このポルンガ、実は5本爪の姿で描かれることがあるんですよね。

意図されたことであるかどうかは不明ですが、神龍の上位に位置する

竜であるポルンガが5本爪、というのは歴史的には正しい描写と呼べます。

(もっとも、原作コミックでは4本爪で描かれているのですが)

 

 

「ドラゴンボール超」の時代にはいると

ポルンガの更に上位にあたる究極的な神龍として

「スーパーシェンロン」が登場することになりますが、

この「超神龍」、金色の姿をしています。

 

金色は五本爪とならんで、最上位の竜を示す特徴です。

すべての頂点に立つ「超神龍」が金色であることも、

歴史的には正しい描写、とも言えるでしょう。

 

「竜」と「鳳凰」の関係が暗示する、三国志の秘密!!

 

ところで。

 

「竜」と「鳳凰」の関係、と言われて、

三国志ファンの多くがまず思い出すのは、

 

『臥龍』諸葛孔明と、『鳳雛』龐統ではないでしょうか?

諸葛孔明を「竜(陽)」とするのに対し、その対となる存在である

龐統を「鳳凰(陰)」に例えるのは、当然と言えば当然……。

 

……ん?

 

「竜」=「陽」=「男性」=「皇帝」→孔明

「鳳凰」=「陰」=「女性」=「皇后」→龐統

 

……まさか!?

龐統は実は女だった!?

 

三国志ライター・石川克世の決意

 

果たして、「龐統=女」説は本当にありえる話なのでしょうか!?

今後も、我が「HMR」はこの謎を追求していきたいと思います。

また、進展がありましたら、この場を借りて報告させて頂きますので、

 

待て、続報!!

 

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—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 

 

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石川克世

石川克世

三国志にハマったのは、高校時代に吉川英治の小説を読んだことがきっかけでした。最初のうちは蜀(特に関羽雲長)のファンでしたが、次第に曹操孟徳に入れ込むように。 三国志ばかりではなく、春秋戦国時代に興味を持って海音寺潮五郎の小説『孫子』を読んだり、 兵法書(『孫子』や『六韜』)や諸子百家(老荘の思想)などにも無節操に手を出しました。 好きな歴史人物: 曹操孟徳 織田信長 何か一言: 温故知新。 過去を知ることは、個人や国家の別なく、 現在を知り、そして未来を知ることであると思います。

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