三国志随一の兵法家曹操、生涯勝率、8割強というこの人物は反面で想像以上におっちょこちょいの一面を持っており、人生の晩年に至るまで様々な失敗をしては、それを教訓として残しています。
ビジネスシーンは、100の交渉があれば、100の過程があるもので、どんな敏腕営業マンでも、失敗の経験は小さい物を含めれば、それこそ、星の数ほどあるものなのです。今回はそんなおっちょこちょいな曹操の現代にも通用する名言を紹介します。
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激動の時代を生きた先人たちから学ぶ『ビジネス三国志』
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他人の商度、人の意の如きは少なし
西暦215年、曹操は、漢中で30年間にわたり、五斗米道という新興宗教を興し漢王朝から独立した態度を取っている群雄の張魯を討伐する為に遠征します。その途上で、曹操は涼州の巡察官に張魯についての情報を出させると、「張魯などは田舎者の小群雄で、殿が出てこられれば、すでに勝ったようなものです」と楽観的な情報を出します。
曹操としても、長い遠征の疲れもあり、そうであれば、有難いという願望が先に出てしまい、すっかり楽勝気分になってしまいました。
聞くと攻めるは大違い、大被害を被る曹操
しかし、いざ、曹操が張魯の立て籠もる陽平関を攻めてみると、聞いた話とは大違いで堅牢な城塞が並び、簡単に落とせるものではありません。無理に城塞を抜こうとした曹操軍は大ダメージを受け、曹操は退却を決意します。
曹操は、自分に都合の良い情報をやすやすと信じた己を恥じて、「他人の商度、人の意の如きは少なし」という言葉をつぶやきます。
「人の評価はあてにならない自分で調べろ」という意味です。
浮かれて自分で情報を確認する事を怠った事に対する強烈な反省がこの一文には込められているように感じます。
曹操は軍を引き上げようと山の上の軍兵に退却を命じますが、たまたま、夜間に道に迷った軍勢が張魯の軍の中に迷い込んで、それを奇襲と勘違いした張魯の軍勢は雪崩を打って敗走してしまいます。この勝利は全くの偶然の産物でした。
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晩年まで内省を忘れなかった曹操
曹操は、西暦220年の正月に満65歳で世を去っていますから、これは死ぬ五年前の戦いで曹操は60を過ぎていて、かなり晩年まで曹操がおっちょこちょいだった事が分かります。
同時に、勝ったから全て善しで終らせるのではなく、またいい加減な報告をした部下を攻めるのでもなく、これは自分の見込みの甘さが原因だとちゃんと内省しているのが、曹操の曹操たる所以だと言えるでしょう。
軍事を為して三十年、一朝を持して人に与えるのはどうか
曹操のもう一つ非凡な点は、見通しが甘かったと見るや無理に頑張らずさっさと引き上げようとしている所です。普通なら、それまでのキャリアやプライドが邪魔して意固地になり、撤退が遅れそうなものを、そのようなプライドは無いかのように引き上げてしまう。これも曹操を幾たびかの失敗や敗北から致命傷に至らせなかった要因でしょう。
曹操の名言は普遍の価値を持つ
主観というものがある以上、人間は自分に都合の良い情報は実際以上に高く評価し、逆に不利な事については、実際より低く評価しがちです。ましてや、自分が直接確認できたわけではない情報に至っては、さらに自分に取って都合の良い情報を受け入れてしまう事になります。
曹操のような百戦錬磨の戦略家でさえ、かなり晩年までそうだったのですから、私達では容易に自分に都合の良い情報という罠にかかりやすいと言えるかと思います。これは美味しいかも知れない、そう思っても他人の情報である場合にはより慎重になり、用心深く情報を自ら確かめる癖をつけておけば、肝心な所でこんな筈ではなかったと落胆する事を減らしていけるのではないでしょうか?
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