周王朝の権威が地の底に落ち群雄割拠の様相を呈した春秋・戦国時代にはそれまで政治に対して何の力も持っていなかった庶民たちも
身につけた知識を武器に世を動かすほどの力を持つようになっていました。
諸侯たちに様々な知恵を授けて歩いた彼らは遊説家、もしくは縦横家と呼ばれてもてはやされ、言葉巧みに諸侯たちを操って世を動かしました。
そんな彼らの活躍ぶりが描かれている書物が『戦国策』です。
『戦国策』には、東周と西周、そして戦国の七雄と称される秦・斉・楚・趙・魏・韓・燕、そして宋や衛、中山という国々において
遊説家たちが説いた権謀術数の数々が記録されています。
そんな彼らの巧みな話術は現代にも通じるような素晴らしいものばかりです。
今回は『戦国策』より東周に出向いた遊説家たちの活躍ぶりが記されている東周策からいくつかのお話をご紹介します。
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東周とはどんな国?
画像:文王Wikipedia
そもそも、東周とはどのような国なのかよくわからないという人も多いでしょう。
一般的に東周は周の12代目の君主である幽王が申という国から迎えた皇后を廃したことによって申国に恨まれて殺された後、
新たに擁立されようとした携王が気に入らないという諸侯たちによって平王が立てられ、都も鎬京(西安)から洛邑(洛陽)に移された
後の周のことを指しますが、『戦国策』に描かれている東周はこの時代よりももう少し後にできた国のことです。
31代目の孝王が弟・桓公に西の領地を与えたことによって西周公が興ったのですが、その後、趙と韓によって東周公が立てられて
結果的に2つの周は争い合う仲になってしまいます。
しかし、周同士で争っている間にも弱体化した周を呑み込もうと他の諸侯たちが虎視眈々と狙っていました。
この危機的状況を東周はいかにして切り抜けようとしたのでしょうか?
そこにはやはり東周を守らんと奔走する遊説家の影がありました。
九鼎を死守せよ!
中国では夏王朝の時代から天下を統べる者の証として九鼎というものが大切にされていました。
最終的に九鼎は秦に奪われる運命にあるのですが、それまでにも度々他の諸侯たちとの間で九鼎をめぐる争いがあったようです。
ある時、秦が圧倒的な軍事力をチラつかせて九鼎を要求してきました。
このことに頭を抱えていた周王に顔率が次のように提案します。
「斉に助けてもらいましょう。」
そう言って斉に出かけて行った顔率は斉王に次のように話しました。
「無道者の秦が九鼎を手に入れんと攻めてきたのですが、周では秦にくれてやるなら斉に九鼎を渡したいという話になっています。
ぜひとも我が国をお助けください。」
斉は九鼎欲しさに出兵。
秦をあっという間に蹴散らして見せました。
顔率は斉王に感謝を述べ、次のように尋ねました。
「九鼎を献上したいのですが、どの道を通って運ぶおつもりですか?」
「魏を通らせてもらおうと思う。」
と答える斉王。
「それはいけません。
魏は九鼎を欲しがっていますから、決して通してくれないでしょう。」
とそれを止める顔率。
「では、楚を通る。」
と答える斉王。
これに対しても
「それもいけません。楚も九鼎を欲しがっています。」
と止める顔率。
「では、どうすればいいのか?」
そう尋ねる斉王に顔率は次のように答えました。
「そもそも九鼎は重たくて簡単に持ち出せません。
その昔、殷の王都から運んだときにも9万人がかりでようやく運び出しました。
仮に人員を用意できても敵だらけの道を斉王様はどうやって九鼎をお運びするのかが私はとても気がかりでなりません。」
これを聞いた斉王は
「さては貴様、最初から九鼎を寄越すつもりがなかったな!」
と激怒しますが、顔率は飄々と次のように答えます。
「めっそうもありません。
どこから持ち出すのかを早くお決めください。
私たちは斉王様のお申しつけをお待ちしますので。」
—熱き『キングダム』の原点がココに—
西周のいじわるをやめさせよ!
東周が稲を植える時期を迎えた頃、なんと西周によって水をせき止められるといういじわるをされてしまいました。
これに頭を抱えていた東周の民のために蘇子という人が西周に赴いて次のように説きました。
「東周では麦を植えようとしているので水を止めても仕方がありませんよ。むしろ水を流した方が効果覿面です。」
これに納得した西周君は、東周に水を流しました。
ちなみに、蘇子は西周からも東周からもご褒美をもらってウハウハだったそうな。
三国志ライターchopsticksの独り言
東周は周王朝末期の弱小諸侯でしたが、それでも遊説家によっていくらかその命数を延ばすことに成功していたようですね。
それにしても遊説家たちの口達者なこと…。
口先で人を転がすその才能が羨ましい限りです。
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