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劉備と呂布を仲たがいさせよ!二虎競食の計

2015年3月1日


 

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赤兎馬 呂布

 

董卓の死後、長安で王允(おういん)と共に暫定政府を作るも、あっけなく都を追われてしまった呂布(りょふ)は袁術や袁紹を頼ってさまよいますが、なかなか定住できず陶謙(とうけん)から譲られた徐州にいた劉備のところに転がり込みます。

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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呂布はあろうことか劉備を裏切る

裏切り 呂布

 

ようやく腰を据えることができる場所ができたかと思いきや呂布は、劉備が袁術と戦いに城を空けたすきに、なんと城を乗っ取るという暴挙に出ます。なんて不義理な男、呂布!ですがここには、曹操と荀彧(じゅんいく)による計略があったのです。

 

二虎競食の計

呂布と董卓の最強タッグ

 

呂布はトップに立つ武将としてはいまいちでも、呂布を手に入れた董卓が無敵であったように、最強の武将であることは間違いありません。劉備が呂布と手を組むというのは、曹操にとってとても恐ろしいことに思えたのです。そんなとき、参謀の荀彧が、二人を連携させない計略を持ち出しました。これが、「二虎競食(にこきょうしょく)の計」です。

 

二虎競食の計って何?

呂布と劉備

 

これは、2匹の虎が餌を取り合って争うと、どちらかが倒れるか、生き残った方も疲弊するのでそこを狙って両者を倒すという計略です。曹操はこのとき、献帝(けんてい)を手に入れていましたので、皇帝を使って呂布を徐州の牧(ぼく)に任命します。ダブルブッキングですね!(違います)さらに、皇帝の名で、劉備には、「呂布を討伐せよ」という密勅を出すのです。そうすると、二者は徐州の牧の座を巡って争う、という図式です。

 

劉備は曹操の計略を見抜いた

劉備玄徳 三国志と肉

 

しかしこの計略は、劉備によって見抜かれてしまいました。劉備はこの密勅を持って呂布と直接話し合ったために、曹操の計略が露見し二者はこのときは争わなかったのです。

 

 

 

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東方明珠

東方明珠

中国は上海の雰囲気が好きなので、テレビ塔の「トンファンミンジュ」を名乗っています。もともと『水滸伝』の大ファンで、『三国志』に興味を持ったのは、アーケードゲーム「三国志大戦」がきっかけです。当時はゲームセンターに通いつめました!まだまだ中国史について勉強中ですが、精いっぱい面白いことを探してお伝えしたいと思っています。

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