衝撃の事実!呂不韋は始皇帝の父だった?諸子百家のいいとこ取りの雑家

2015年7月17日


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呂不韋は始皇帝の父(1P目)

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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秦の宰相に成り上がった呂不韋

呂不韋

 

子楚の子である政が秦王になると、呂不韋は丞相として絶大な権限を手にします。かつて愛人だった芸姑=現在の太后との不義密通も続いていました。

 

嫪毐(ろうあい)という男を後宮を送り込む

嫪毐 ろうあい

 

しかし、さすがに身の危険を感じ始めた呂不韋は、根が淫乱だった太后に嫪毐(ろうあい)という男を紹介、宦官であると偽って後宮へと送り込みました。嫪毐は太后の寵愛を受け、呂不韋に続く権力を得ますが、太后との不義密通がバレて謀反を起こそうとします。結局彼は政に討伐されてしまいます。

 

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呂不韋は最期どうなるの?

 

嫪毐の謀反の罪は彼を後宮に入れた呂不韋にも波及、その罪に連座させられます。この時は、これまでの功績を考慮した政によって丞相の職からの罷免と蟄居で済まされますが、後に叛乱を疑われて流刑となり、呂不韋は己の末路を悟って服毒自殺しました。

 

商才には長けていた呂不韋?

 

もともと商人の出である呂不韋はおそらく商才に長けていたのでしょう。ビジネスチャンスを見逃さない商人である呂不韋にとって、諸子百家の思想もまた、便利な商売道具に過ぎなかったのかもしれませんね。

 

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石川克世

石川克世

三国志にハマったのは、高校時代に吉川英治の小説を読んだことがきっかけでした。最初のうちは蜀(特に関羽雲長)のファンでしたが、次第に曹操孟徳に入れ込むように。 三国志ばかりではなく、春秋戦国時代に興味を持って海音寺潮五郎の小説『孫子』を読んだり、 兵法書(『孫子』や『六韜』)や諸子百家(老荘の思想)などにも無節操に手を出しました。 好きな歴史人物: 曹操孟徳 織田信長 何か一言: 温故知新。 過去を知ることは、個人や国家の別なく、 現在を知り、そして未来を知ることであると思います。

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