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岳飛とはどんな人?「尽忠報国」と背中に彫った救国の英雄が熱い

岳飛(南宋の軍人)




岳飛(南宋の軍人)

 

【神になった名将対決】で関羽(かんう)に見事勝利を果たした岳飛(がくひ)

この対決の勝者には特集記事を書く約束をしておりましたので、

岳飛(がくひ)の記事を特集で書きたいと思います。

岳飛は非常に注目されている存在です。

北方謙三(きたかた けんぞう
)
先生も岳飛を主人公とした「岳飛伝」を書いておられます。

さらに昨年ですが衛星放送で総制作費数十億を使って、

作られた中国の大河ドラマでも岳飛を取り上げており、

今非常に人気を集め注目されている人物である岳飛の生涯をご紹介します

 

特集記事:【神になった名将対決】劉備三兄弟の一人関羽VS救国の英雄・岳飛 Part.1

特集記事:【神になった名将対決】劉備三兄弟の一人関羽VS救国の英雄・岳飛 Part.2

特集記事:【神になった名将対決】劉備三兄弟の一人関羽VS救国の英雄・岳飛 Part.3【完】

 

 

幼少期から武術に励む

 

岳飛は相州湯陰出身の人です。

彼は幼少期に父を亡くし、母親に育てられます。

亡き父から、武芸の手ほどきを受け、父の死後も自分の武を磨き続け、

書物を一生懸命に読み、教養を身に着け、文武に秀でた青年に成長します。

しかし彼の一生を運命づける大事件が発生します。

 

 

女真の台頭

女真族は辮髪

 

長城の北に女真族という小さな民族がいました。

この民族は遼に虐げられておりましたが、抵抗する力が弱く、ずっと我慢しておりました。

そんな女真族に一人の男が現れます。

その名を阿骨打(アグダ)と言います。

日本の歴史の教科書にも出てきたことのある有名人です。

彼が登場したことで女真族は結束し、遼から独立。

 

宋は金と協力して遼を滅ぼす

「遼」の国旗をバックとした兵士

 

宋は金に「お金を払うから南北で遼を挟み撃ちしない」と

話を持ち掛けます。

金国のトップであった阿骨打はこの話に乗り、遼へ侵攻を開始します。

そして宋も遼へ攻撃を開始。

こうして挟撃を受けた遼は滅亡することになります。

その後宋は金と約束した金を払うのを渋り、途中から金にお金を払わなくなります。

 

宋の違約に金は激怒…そして宋に侵攻を開始

「宋」の国旗をバックとした兵士

 

金は宋が約束の金を支払わないことに激怒し、宋へ攻撃を仕掛けます。

宋は長年文官が政治・軍事のトップに立っていた事が原因で、

優秀な将軍がほとんどいませんでした。

また文官が軍のトップにいたこともあり、十分な訓練を軍に施していませんでした。

そんな宋軍は金軍の侵攻を食い止めるため、迎撃に出るも各地で連戦連敗。

金軍の侵攻を食い止めることができませんでした。

 

宋に侵入してきた女真族に憤慨

「金」の国旗をバックとした兵士

 

岳飛は青年になった時、金軍が宋になだれ込んでくる事件が起きます。

彼の元に各地で宋軍が連戦連敗し、金軍が占領した村々は焼き払われ、

略奪の限りを尽くされているとの噂を聞きます。

岳飛はこの噂を聞いて、金に対して大いに怒りを表します。

彼はある日商人から「宗沢様が開封で義勇兵を募集しているらしいですよ」との

噂を耳にします。

彼は自分も宋の為に力を使いたいと思っておりましたが、

老いた母を家に残して一人で開封に行くなどできませんでした。

そんな悩みに苦しんでいたある日、母に呼び出されます。

 

母に「尽忠報国」と背中に彫られる

 

岳飛は母に呼ばれて部屋に行くと、厳しい表情をした母が座っておりました。

そんな母を見た彼は「どうしたのですか母上」と尋ねます。

すると母「鵬挙(ほうきょ)。服を脱いで後ろを向きなさい」と言われます。

彼は何が何だかわからないまま服を脱いで後ろを向くと背中に激痛が走ります。

彼は母に「何をするのです母上」と責めますが、母は気にせず続けます。

岳飛は激痛に耐えること数十分ようやく激痛が止まります。

彼は母に入れ墨を彫られていたらしいことに気付きました。

しかし何を彫られているのかわからず母に「私の背中に何を彫っていたのですか。」と

尋ねます。

すると母は「あなたの迷いを払拭させる為、ある四文字を書きました。」と答えます。

彼は気になり「俺の背中にはなんて書いてあるのですか」と再び聞きます。

母は「尽忠報国だよ」と優しい表情で答えます。

 

迷いを払拭する魔法の言葉「尽忠報国」とは

 

岳飛は母の言葉を聞くと頭を下げて、俯いてしまいます。

母はそんな彼に「鵬挙。この言葉の意味は知っているなら言ってごらん」と

言葉の意味を聞きます。

岳飛は「君主に忠節を尽くし、国から受けた恩に報いることです。」と説明。

母は満足そうにうなずいた後、「あなたは宋という国に住んでおります。

ならば宋の国に住ませてもらった恩を返さねばなりません。

あなたは漢の国土を蹂躙している金軍が許せないのでしょう。

それならなぜ義勇軍に参加しないの。

あなたは宋の民なんだから国から受けた恩に報い、君主に忠節を尽くしなさい。

あなたにそれができると思って私は彫ったのです。」と語気を荒げて、

岳飛に言い放ちます。

岳飛はこの言葉を聞いてもなお迷っておりました。

母は煮え切らない岳飛の態度に優しく微笑み「鵬挙。私の事は心配いりません。

実家に戻ってあなたの活躍を耳にするのを楽しみにしています。」と伝えます。

岳飛は母の優しさを感じると共に、

背中に彫られた「尽忠報国」の四文字に恥じない生き方をしようと

心の中で誓います。

こうして岳飛は家を出て宗沢の義勇軍に参加することにあります。

 

岳飛は実家を出て、開封へ向かいます。

彼は開封へ着くと宗沢の元に向かい「私を義勇兵に入れてください」と懇願します。

宗沢は快諾し、彼を義勇軍に加えます。

その後岳飛は宗沢と共に開封に押し寄せてくる金軍と戦います。

彼は初めての戦いでも恐れず金軍の兵士を倒していきます。

宗沢は彼の尋常じゃない活躍と周りに的確な指示を出す姿を見て、

彼を将に引き立て、開封近辺にいる賊の討伐をさせます。

宗沢は開封を引き払い、旧宋の貴族である康王(こうおう=南宋初代皇帝)と

共に南に向かい、南宋建国に尽力します。

 

中原で一人戦い続ける

 

岳飛は宗沢に「共に南宋へ行かないか」と誘われますが、断ります。

宗沢は残念そうに岳飛の元を離れて、南に向かいます。

岳飛も宗沢が去った後、開封を出て中原各地で金軍と戦い続けます。

開封を去った宗沢ら旧宋の家臣らは康王を推戴し、

南宋を建国。

金は宋の残党の集まりである南宋を討伐するため、大軍を南下させます。

生まれたばかりの南宋に未曽有の危機が迫ってきます。

 

連戦連敗を続ける南宋軍

 

南宋は金軍を迎撃するため、できたばかりの南宋軍を出陣させますが、

南宋軍は金軍に連戦連敗。

金軍は各地で抵抗を続ける南宋軍に勝利を重ね、

江南を荒らしていきます。

南宋皇帝になった高宗は金軍の強さにビビり、首都を捨て、

海上に逃走するありさまでした。

 

南宋で暴虐の限りを尽くす金軍を蹴散らす

 

岳飛は南宋の危機を知り、4千の配下を率いて南宋に入ります。

彼は長江を渡り南宋に入ると最初に見た村はめちゃくちゃにされておりました。

この村の姿を見た岳飛は大いに悲しむと共に金軍を必ず南宋から追い出すこと

を胸に誓います。

彼は南宋の首都近辺に馬防策を植えた堅固な陣を敷きます。

金軍は援軍に来た岳飛軍を討つため、各地に散らばった金の全軍を集めます。

金は全軍10万が集まると岳飛軍に突撃。

岳飛は金軍が大挙して攻撃を仕掛けてくると、馬防策の内側から斉射。

彼は敵が怯んだ所を見て、全軍に突撃。

岳飛は兵の先頭に立って、金軍を片っ端から倒していきます。

そして敵が崩れ退却を始めると、猛追撃をかけて、金軍に大勝します。

 

民衆から協力を得て、金軍を南宋から追い出す

 

岳飛はゲリラ戦を行っている中、いくつもの村を救出します。

どの村もボロボロになりはてておりました。

彼は村を訪れた際には、必ず復興作業を行ってから、金軍駐屯地に向かいます。

岳飛軍のこの行動に村人達は大いに喜び、

彼の軍勢が来た際には無償で兵糧を提供したり、金軍の情報を提供したりと

色々と協力します。

こうして岳飛軍は民衆からの協力もあり、

ゲリラ戦は順調に進み、各地で勝利を重ね続け、

ついに金軍を国内に追いだすことに成功します。

 

民から慕われる将軍

 

岳飛は南宋から金軍を追い出した後、南宋の村に軍と共に駐屯することにします。

彼は村に駐屯する際、配下の兵に「村の人達に乱暴を働くな。

横暴な態度をとるな。そして物を贖うときは必ず金銭を払え、

これらを守れなかった者はだれであろうと処断する。」と布告。

そのため兵達は規律正しく村の人々と接します。

村の人々も岳飛軍に好意を持つ共に、大将である岳飛に好意を持ちます。

村に駐屯すること数か月、再び金軍が南下を始めたと知らされます。

岳飛はすぐに軍をまとめ、出陣することになります。

 

中興4将との共闘

 

岳飛は村を出て、長江以北に着陣すると従者を連れた一人の男がやってきます。

その名は劉光成(りゅうこうせい)と言います。

彼は岳飛と合うと世間話を行った後

「これから一緒に金軍と戦う仲間だ。よろしく頼む」と挨拶をします。

岳飛も劉光成に「よろしくお願いします」と頭を下げます。

劉光成が挨拶に来た数日後、

劉光成から「軍議を行いたいので、来ていただけないか」と

要請が来ます。

岳飛は従者を一人連れて、

劉光成の陣に赴くと見知らぬ二人が床几に座っておりました。

目つきの悪い男は張俊(ちょうしゅん)と言います。

もう一人不敵な笑みを浮かべ、ガタイのいい男が岳飛を見ておりました。

彼の名前は韓成忠(かんせいちゅう)。

後年、岳飛のライバルとなる男です。

劉光成は上座に座り、岳飛が来るのを待ちわびておりました。

岳飛は遅れたことを3人に詫びた後、着座します。

その後、劉光成を中心に金軍の迎撃作戦の話し合いが行われます。

この話し合いの結果、各軍は各自で戦い、

金軍を長江以北で食い止めるということが確認されます。

この会議が終わると岳飛は自陣に戻り、金軍の来襲を待ちます。

劉光成との会議から数日後、金の大軍が押し寄せてきます。

岳飛は金軍が来ると迎撃の陣を敷きます。

金軍がやってくると、岳飛は本陣を出て、金軍に真正面からぶつかります。

しかし少ない岳飛軍は金軍と少し戦うとすぐに本陣に向けて退却を開始。

金軍は岳飛軍が退却すると彼の軍を猛追撃してきます。

彼は猛追撃する金軍を本陣までおびき寄せると、合図の旗を振らせます。

合図の旗が振られると、雨のような矢が金軍を襲います。

金軍は岳飛の計略に嵌り大混乱。

岳飛は大混乱した金軍に全軍で突撃を敢行し、敵軍を潰走させます。

この時、彼は追撃を行わず、再び攻め寄せてくる金軍に備えます。

他の3将もそれぞれ、金軍の撃退に成功。

金軍はその後も岳飛や他の3将の陣に攻め込んできますが、

その都度金軍を撃退します。

 

金軍が目の前から消える

 

岳飛らは金軍を撃退し続けますが、

金軍は大軍でなかなか大勝を得るような勝ちを得ることができず、

優勢な状況を作れませんでした。

そんな中、いきなり全線戦で金軍が退却していると報告が入ります。

岳飛は唖然としていましたが、金軍に何か策がるのではないかと思い

情報収集に努めます。

すると金が退却した理由が判明します。

 

金が突如撤退した理由とは

 

金の二代目皇帝である呉乞買(うきまい)が亡くなった事が原因で、

全線戦から金軍が退却したと彼の元に報告が入ります。

岳飛は一つため息をついた後、兵士を集め鬨の声を挙げ、

岳飛軍の勝利を知らせます。

こうして中興4将は南宋を守ることに成功します。

 

南宋から功績を認められる

 

岳飛は南宋朝廷から金軍撃退の功績を認められます。

彼は南宋皇帝から荊州(けいしゅう)・襄(じょしゅう)・譚州(たんしゅう)の

軍事総督の職である制置使に任命されます。

彼は卾州(がくしゅう)に本拠を構え、金軍に備えます

岳飛軍4000の兵力も数万に増大。

数万の兵を岳飛一人では指揮することができない為、

息子である岳雲(がくうん)を将校にし、

ほかにも優秀な人材を将校に引き立て、軍の組織も再編します。

 

北伐に向けた準備

 

岳飛の目標は漢土から金を追い出し、漢民族の手で中華を治めることです。

その目標を達成するためには、

漢土に居座っている金に攻め込まなくてはなりません。

そのため兵士達に体力や武器の扱い方を習熟させるため、

厳しい訓練を施すとともに、将校達にも戦術や陣と陣の連携法などを

叩きこみます。

また戦には必ず必要になる兵糧を仕入れるため、各地の商人と仲良くなり、

兵糧調達を行います。

兵糧に加え武器も大量に使用するため、武器製造にも力を入れます。

こうして岳飛は日夜北伐の準備を行います。

 

金との講和

 

岳飛は北伐の準備に多忙でありましたが、彼を驚かす一報が届きます。

その一報とは「南宋は金と講和する」というものでした。

南宋の宰相である秦檜(しんかい)は朝廷内にいる主戦派を黙らせた後、

南宋皇帝である高宗に金との和平を上奏します。

高宗は秦檜の上奏を受け入れ、金との和平に向けて交渉が始まります。

そして岳飛が北伐の準備を行っている頃、金と講和を結ぶことに成功。

金との講和内容は南宋に有利な内容で、

毎年莫大な金銭を払う代わりに、旧宋の首都開封・

長安近辺を返還するというものでした。

こうして金と南宋は講和を結ぶことになります。

しかし岳飛はこの講和は長くは続くものではないと予測し、

北伐の軍備を進めます。

 

金との講和が破れる

 

金との講和は数か月しか続きませんでした。

その原因は金の朝廷内で発言力があり、

講和派最大の勢力であった撻懶(だらん)が亡くなった事が原因です。

彼は金の朝廷内の主戦派を抑え、南宋との講和を実現させましたが、

彼が亡くなった事で金の朝廷内は主戦派が再び権力を握った、

講和は破棄されて再び交戦状態になります。

 

金軍の南下

 

金軍は開封を陥落させた後、南宋を滅ぼすため、

一気に岳飛の本拠卾州(がくしゅう)へ向けて南下を開始します。

南宋は金軍が講和を破棄して、大軍で卾州(がくしゅう)に迫ってきていることを知ると

韓成忠を岳飛の援軍に向かわせます。

 

決戦前夜の作戦会議

 

岳飛(がくひ)は韓成忠(かんせいちゅう)が援軍に来たことを喜び、

彼をもてなした後作戦会議を行います。

この作戦会議で岳飛は「金軍を撃退した後、一気に北伐を敢行したいと思うのですが、

協力していただけませんか。」と韓成忠に頭を下げてお願いします。

韓成忠は頭を下げてお願いする岳飛に心を打たれます。

そして彼は岳飛に「分かった。俺もお前の作戦に乗って北伐に協力してやるよ。

まだ若いのになかなか面白そうな事を考える奴だ。」と

笑いながら岳飛の協力を快諾。

こうして南宋の名将二人は共に北伐を行う約束をします。

 

来襲した金軍を返り討ちにする

 

金軍は岳飛の本拠地である卾州付近に陣を敷き、南宋の出方を待ちます。

岳飛と韓成忠は卾州を出陣し、金軍と正対するように陣を敷きます。

その後両軍は激しくぶつかり、決戦が行われます。

当初は数の多い金軍が優勢でしたが、

南宋の名将である岳飛と韓成忠の軍勢に次第に押されはじめ、

最終的に金軍は打ち破られ、退却を開始。

 

ついに北伐開始

 

岳飛は金軍を打ち払うと卾州で体制を整え、

韓成忠と約束した通り北伐を開始。

兵士や将校は、岳飛に厳しく訓練されたことで、滞りなく軍は進み、

輸送隊もしっかりと軍の後ろを進んできます。

岳飛と韓成忠は各地に駐屯している金軍を撃破し、

旧宋の都である開封を目指して突き進みます。

 

朱仙鎮の戦い

 

岳飛はついに開封の間にいる金軍を蹴散らし、朱仙鎮近辺に陣を敷き、

金軍の総帥兀朮(うじゅ)との戦いに臨みます。

この地を攻略すれば開封はもう眼の前であることから

岳飛と韓成忠は大いに奮起します。

そして金軍と岳飛・韓成忠連合軍の戦いが始まります。

両軍は精鋭の兵を用いているため、一進一退の攻防が繰り広げられます。

こうして激戦が繰り広げられること数時間。

岳飛軍と韓成忠軍が本陣に突撃をかけたことが勝敗を分け、

兀朮率いる金軍を敗走させます。

こうして朱仙鎮の戦いを制し、旧宋の首都開封陥落に王手をかけます。

 

北伐は失敗に終わる

 

岳飛と韓成忠は朱仙鎮の戦いで勝利を得て、旧宋の首都である開封奪還のため、

この地に駐屯し攻城戦の準備を始めます。

こうして南宋の北伐は順調に進んでいくように思われましたが、

南宋の宰相である秦檜から突然撤退するように命令が届きます。

韓成忠は岳飛のもとへ行き「岳飛よ。宰相から命令があって、退却することになった。

お前も従わないと、反逆者扱いにされるぞ。」と忠告します。

岳飛は韓成忠の助言を聞くと、天を仰いで大きくため息を着き、朱仙鎮を捨て

南宋に向けて撤退していきます。

 

水面下の和平工作

 

岳飛は北伐を中止して、韓成忠と共に南宋へ帰還します。

彼が南宋に向かっている間、水面下では再び講和に向けて動き始めておりました。

秦檜は一時的に金との戦で南宋が有利になっているとしても、

最終的には軍事力では金を圧倒することはできないと思っておりました。

そのため彼は南宋に有利な条件で講和を成立させます。

しかしその講和も撻懶(だらん)が亡くなった後、

金国は南宋との講和を破棄し再び戦を開始。

彼はこのまま金軍と戦い続ければ、いずれ南宋の国力は尽き、

金軍に負けてしまうと感じており、何としても講和を実現させるため、

岳飛や韓成忠ら軍閥の将軍達に知られないよう金と接触しておりました。

この講和に向けた秦檜の動きが、岳飛にとって災いを呼び込むことになるのです。

金は文官のトップが亡くなり、世代交代が行われます。

そして新たな文官のトップに立った人物は、

南宋との講和に向けて動き始めます。

秦檜(しんかい)は金も講和に向けて動き始めていることを知り、

大いに喜び両国の講和実現に向けて一気に動き始めます。

 

軍閥解体

 

秦檜は講和に動き始める前に一つ大きな問題がありました。

それは金と長年交戦した軍閥の問題です。

軍閥は金に抗う存在として民衆から人気を持っております。

特に民衆から支持を得ているのは岳飛(がくひ)の軍閥で、

彼が一番の主戦派でもあり、朝廷内でも彼を支持している臣も多数おりました。

秦檜は朝廷内の主戦派を除き、講和を実現させるため、

岳飛や韓成忠(かんせいちゅう)、張俊(ちょうしゅん)らに軍閥を命じ、

彼らが有していた兵を中央軍へ出すように命じます。

張俊は秦檜と事前に打ち合わせをしていたこともあり、

軍閥解体にすんなりと応じます。

韓成忠は多少秦檜と言い争いますが、結局彼も軍閥を解体。

そして岳飛は秦檜の命令に中々応じませんでした。

 

軍閥解体に最後まで応じない

 

岳飛は秦檜の命令に応じず、各地に駐屯する金軍を攻撃しておりました。

秦檜は何度も彼の本拠である卾州(がくしゅう)に赴き説得しますが、

彼は頑として秦檜の命令を拒否。

秦檜は岳飛の頑迷さに辟易し、南宋皇帝に勅命を出すよう懇願します。

南宋皇帝である高宗(こうそう)は秦檜の懇願を受け入れ、

岳飛に軍閥を解体するよう勅命をもって命令。

岳飛は皇帝の命令である勅命も拒否します。

その後も勅命をもって何度も命令するので、致し方なく勅命に従うことにします。

 

都で軍閥を解散する

 

岳飛は軍閥の軍勢を引き連れ、都に向かいます。

南宋の都である南京に到着すると、軍を整列させます。

岳飛は軍を整列させ終わると「今まで俺に従って金軍と戦ってくれてありがとう。

今日ここで岳飛軍は解散する。」と告げ、泣きながら岳飛は頭を下げます。

兵士達は涙を流し、一人また一人と去っていき、夕方には全員がいなくなります。

こうして義勇軍参加から一度として敗れたことのない岳飛軍がなくなります。

岳飛は軍を解散させた後、城内に入り、宰相に軍を解散させたことを報告します。

 

無罪の罪でとらえられる

 

岳飛は軍閥を解散させた後、息子の岳雲(がくうん)と

元岳飛軍の将校である張憲(ちょうけん)3人で暮らし始めます。

岳飛は戦を離れた生活を始めますが、いつでも出陣できるように、

体を鍛え続けます。

そんなある日岳飛は秦檜に呼ばれて、宰相府へ向かいます。

岳飛は宰相府に着くと、いきなり役人に捕らえられ、牢屋にぶち込まれます。

 

厳しい拷問を受け続ける

 

岳飛はわけが分からないまま、牢屋にぶち込まれ取り調べを受けます。

岳飛が捕らえられた罪状は反逆罪です。

秦檜は岳飛の取り調べに立ち会い、岳飛に対して色々と質問しますが、

もともと罪をでっち上げて捕縛したため、証拠は全く出てきませんでした。

秦檜は役人に「岳飛を拷問にかけ、自白させろ」と命じます。

役人は岳飛に厳しい拷問を行い、自白を強要します。

岳飛は厳しい拷問を受けますが、耐え続けます。

 

「謀反の罪があったかもしれない」

 

岳飛のライバルで、南宋の名将の一人である韓成忠は、「岳飛、反逆罪で捕縛」と

の報告を受けると、宰相府に駆け込みます。

そして彼は宰相である秦檜に詰め寄り「岳飛に謀反の罪があったのか。

証拠を見せろ。」と激怒。

秦檜は「岳飛に謀反の罪があったかもしれん」とあいまいな返答をします。

この返答に韓成忠は再び激怒し大声を出して「あったかもしれんで、

岳飛を捕らえては天下を納得させることができん。

天下の人々を納得できるような説明をせよ」と再び詰め寄ります。

しかし秦檜は彼の怒鳴り声を無視して政務を行います。

韓成忠の激怒は最高潮になり「俺は今日をもって軍をやめる。」と言い放ち宰相府を

出ていきます。

 

岳飛の最後

 

岳飛は厳しい拷問を受け、獄中生活を過ごしていました。

この獄中生活は2ヵ月も続きます。

そして岳飛は秦檜立会いの元、処断されてしまいます。

南宋、漢民族の為に戦い続けた救国の英雄・岳飛の生涯はこうして幕を

閉じることになります。

南宋の民は岳飛が処断された事を大いに悲しみます。

そして岳飛が免罪であった事が知れると、民衆は大いに喜び

岳飛の祠を建造し、彼を敬います。

 

三国志ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

救国の英雄・岳飛の生涯をご紹介しました。

日本ではあんまり知られていない岳飛ですが、

中国では三国志の武将よりも人気が高く、

中国の若い女性ですら知っているそうです。

また異民族王朝である清に抵抗した明の軍人・鄭成功(ていせいこう)

も中国では結構人気が高いそうです。

中国の人々は中国国内で攻防戦を繰り広げた人達より、

外敵と戦っている武将のほうが好きなんですかね。

「今回の南宋のお話はこれでおしまいにゃ。

次回もはじさんでお会いしましょう。

それじゃまたにゃ~」

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:貨幣や紙幣は宋代に誕生したの?宋代の経済生活を分かりやすく解説

関連記事:【岳飛の墓事情】死後における岳飛と秦檜の評価をめぐって

 

【滅亡から読み解く宋王朝】
北宋・南宋

 

 




黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

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