楚漢戦争では、劉邦の軍師として大活躍した、張良子房。月刊少年マガジンでは漫画、龍帥の翼、留侯世家異伝でも主人公として登場するなど、また大ブレイクしそうな予感が半端ありません。
司馬遷(しばせん)が少女のような容貌と書いた為にイケメンで描かれる事が多い彼は中国の歴史上、実在が確認できる最初の軍師でもあります。そんな彼を有能な軍師にした三巻の書が三略(さんりゃく)です。
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この記事の目次
若い頃はテロリストだった?ちょっぴり過激な張良
張良(ちょうりょう)は、戦国七雄の一国、韓のプリンスとして生まれます。出自が低い人々が多い劉邦の配下では、文句なくサラブレットでしょう。
しかし、秦に近く弱小国だった韓は紀元前230年、早々と滅ぼされます。ちなみに滅ぼしたのは、ファルファル騰(とう)です。ここでもキングダムは少々、楚漢戦争と被っています。
亡国を体験した張良は、秦への恨みは人一倍、自分の人生は始皇帝(しこうてい)を殺す為に使い果たすと決意して、財産を全てはたいて、力士を雇い始皇帝暗殺に打って出ます。
ですが、力士が投げた鉄のハンマーは不運にも始皇帝には当たりませんでした。千載一遇の好機を逃がした張良は抜けがらのようになります。「これからどうすればいいのか・・」財産も使い果たし張良は人生の今後について、思い悩んでいました。
張良の運命を導いた老人・・
そんなある日、張良が始皇帝の追手から逃れて、徐州の下邳(かひ)に潜伏していた頃の事です。道を歩いていると、橋の上で老人が足をぶらぶらさせていました。張良が橋の下を通ると、狙ったように草履が落ちてきます。
「おい、小僧、草履が落ちた拾って履かせろ!」
張良はわけがわからずきょとんとします。
「何をぼーっとしておる、早く草履を拾わんか!」
張良(なんだ、この爺ィ、偉そうに・・!)
張良は老人の横柄な態度にムカッと来ましたが、そこは万国共通の敬老精神、、我慢して草履を拾い土手を登って老人の足に履かせました。
「お主、見どころがあるな、よし、これから5日後の朝、この橋の下に来なさい」
老人は、そう言い残し、どこかに歩いて消えてしまいました。
張良、三度目のトライで老人から三略を授かる
なんだか分らないながらも引っ掛かるものを感じた張良は、五日後の朝、橋の下にやってきます。ところが、その時には老人は来ていて、ぶりぶり怒っています。
「年長者より遅れてくるとは何事か!!もういい、また、五日したら、橋の下に来い!」
張良は、次は夜明けに合わせて橋の下に来ましたが、今度も、老人は張良より先に来ていました。
「一度ならず、二度までも、無礼なクソガキじゃ!また五日後じゃ!今度は遅れるなよ!」
張良は頭にきて、真夜中から出発し、夜が明ける前に橋の下にやってきました。今度は、老人は来ていません、張良の勝ちです。
張良「ふっふっふ、どうだ、爺ィ 今度は私の勝ちだ!」
すると、夜明けに合わせて、老人がスッと出現しました。
「よし、張良子房よ、、忘れるな、その謙虚さこそが人生の宝じゃ、、そして、人生が無意味であるなどと嘆くなかれ、お主には、お主の役割があり、その為に大事が成らなかっただけなのじゃ」
老人は神妙な顔をして、張良に三巻からなる木簡を与えます。
「これは太公望呂尚が記した三略である、これからお主は、朝夕、この書を読み込み書を自分のモノとせよ、、これから10年後、お主は帝王の師となり、大いに天下の為に働くだろう」
老人は、そう告げると、去っていきます。
張良「お待ち下さい、あなたは一体、何者なのですか!」
「さらに13年後、お主は済北の穀城に行き、そこで黄色い石を見つけるだろう、それが私である・・」
老人は、こうして、朝の光に溶けて消えてしまいました。
張良が勉強した三略とはどんな書物
では、老人から張良が受け取った三略とは、どういう内容でしょうか?
まず三略は、上略、中略、下略という三巻からなる書です。よく六韜三略(ろくとう・さんりゃく)と言われますが、六韜が純粋な兵法書であるのに対し、三略は統治の仕方や人材スカウト法などが書かれています。
簡単に言うと、六韜はマネージャーの書、三略はリーダーの書という感じになります。
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