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各地の城市に援軍要請を
劉秀(りゅうしゅう)はたった13騎で100万の敵軍を誰ひとり欠けることなく突破するという
中国戦史史上まれに見る敵中突破を行い成功させます。
その後、彼は昆陽近辺にいる味方が守っている城市へ入ります。
味方が守っている城市に入るとすぐに守将へ取り次いでもらい、
昆陽へ援軍を送ってもらうように要請します。
しかし城を守っている守将は昆陽に新の軍勢が、
100万で城を包囲をしている情報を手に入れていることから、
援軍を出すことを中々承知してくれませんでした。
劉秀は守将が援軍をすぐには出してくれないだろうと思っていたので、
当然の反応だと思っており納得してしまいます。
だがここで納得してしまっては、元も子もないので劉秀は機転を利かせて説得します。
敵軍を破れば今までの万倍の財宝が手に入るよby劉秀
劉秀は援軍を出し渋っている守将に対して
「昆陽を包囲している敵軍を打ち破ることができれば、
万倍の財宝を手に入れる事が出来るでしょう。
しかし昆陽が陥落してあの新軍が地方に広がっていけば、
ここで財宝を守っていても奪われてしまうでしょう。
ですから私達と協力して敵軍を打ち破るため
援軍を出していただけないでしょうか」と説得します。
この話を聞いた守将は劉秀の言葉を聞いて援軍を出す気になり、
数千の軍勢を出すことにします。
劉秀は数千の兵の援軍を得ると他の城市でも同じように守将を説得。
2~3の守将を説得して、当初13騎しかいなかった部隊も
数千人の大所帯に拡大することになります。
100万の軍勢に連戦連勝
劉秀は援軍を数千人集めて再び昆陽城から4里ほど離れた地で陣を敷いて、
駐屯します。
100万の軍勢を率いている王邑(おうゆう)と王尋(おうじん)は劉秀率いる数千人の軍勢が、
昆陽近辺に駐屯していることを知るとすぐに数千人の軍勢を出陣させます。
劉秀は新軍が攻撃を仕掛けてくるとすぐに迎撃の陣を敷いて敵軍を迎え撃ち、
呆気ないほど簡単に敵軍を撃破します。
この様子を見ていた援軍の将達は「劉将軍はいつも少数の敵軍にすら敗北してしまうのに、
なぜ今回はこれほど簡単に敵を打ち破ることが出来るのだ」と不思議がっておりました。
その後も敵軍が次々と劉秀軍へ襲いかかってきますが、
劉秀はいとも簡単に敵軍を潰走させてしまいます。
こうして敵軍に連戦連勝を重ねた劉秀は3000人の決死隊を率いて、
敵軍100万の中へ突撃していきます。
三倍の敵を打ち破り、ついに・・・
劉秀は決死隊を率いて王邑と王尋の本陣へ向けて突撃していきます。
王邑と王尋は少数でありながら100万の自軍へ劉秀軍が突撃してきていると
知ると1万の軍勢を劉秀軍迎撃に出陣させます。
劉秀は自軍の前に万の軍勢が現れますが、気にせず突撃していきます。
1万の軍勢は少数でありながら自軍へ突撃を繰り返して行ってくる劉秀軍へ驚いてしまい、
どう対応していいのか分からなくなってしまいます。
この迷いを持ってしまったことがきっかけでこの1万の軍勢は対応が遅れてしまい、
劉秀軍に敗北してしまいます。
劉秀は敵軍を打ち破ると王邑と王尋の本陣へなだれ込み、王尋を討ち取ります。
彼は王尋を討ち取ったことを兵士一人ひとりに叫ばせると敵軍は混乱。
昆陽城を守っている王常(おうじょう)らはこの敵軍の混乱を見逃さず、
城門を開いて敵軍へ突撃。
この結果敵軍は大混乱に陥ってしまい、散り散りに逃亡していきます。
新軍は統制を失ってバラバラに退却しているため、次々に兵士たちは討たれてしまい、
昆陽城の北に流れている川は新軍の兵士が飛び込んで溺死したため、
一時的に川の流れが止まってしまったそうです。
こうして新軍100万を打ち破ることに成功した
劉秀は天下にその名を知られることになります。
三国志ライター黒田廉の独り言
劉秀は数千の兵で敵軍の総大将を討ち取る大手柄を挙げることに成功したこの昆陽の戦い。
この戦いは中国の歴史史上空前絶後の大戦果と言っても過言ではないでしょう。
なぜなら劉秀が率いていた軍勢は頑張っても7~8千程度。
そして敵軍は100万です。
125倍の敵軍を打ち破ることに成功したのは誰もいないでしょう。
この戦いに勝利したことで劉秀はチート皇帝と言われる所以となっているのではないのでしょうか
「今回の後漢時代のお話はこれでおしまいにゃ。
次回もまたはじめての三国志でお会いしましょう。
それじゃ~またにゃ」
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