三国志や曹操を分かりやすく紹介|はじめての三国志

menu

三国志の雑学

【軍師連盟】司馬懿は電光石火の行軍が得意だった?

この記事の所要時間: 217




豊臣秀吉

 

日本の歴史上で有名な電光石火の行軍といえば、

豊臣秀吉の「中国大返し」でしょう。

悪天候のなかで一日に70㎞を踏破したと伝わっています。

これによって、時間さえあれば万全の準備ができたであろう

明智光秀は思惑が外れて敗戦することになります。

このように戦では「時間」が勝敗を決めることもあるのです。

ただしこのときの豊臣秀吉はただやみくもに駆けたわけではありません。

備中高松城から姫路城まではひたすら駆けに駆けていますが、

姫路から山崎までは斥候を放って慎重に行軍しています。

速さだけの進軍であれば、それだけ隙も大きくなり、

敵の伏兵の迎撃をまともに受けて甚大な被害をこうむる可能性が出てきます。

仮に速さを追及せずとも油断をした行軍をすると

「桶狭間の戦い」の今川義元のように壊滅的なダメージを負うこともありえるのです。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:【真田丸特集】司馬懿と秀吉、大返しで天下を手繰り寄せる!




司馬懿の電光石火

司馬懿と公孫淵

 

三国志の戦いのなかで「時間」がものをいったのが司馬懿の西暦228年の新城郡攻めです。

当時、魏領であった新城郡の太守は孟達が務めていました。

孟達(もうたつ)は蜀を裏切り魏に取り入った外様でしたが、

曹丕(文帝)に気に入られて出世した男です。

 

孟達 曹丕

 

曹丕が死んでからは肩身が狭くなり再度裏切りを謀ります。

それが蜀の諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)への内応でした。

内応を決めたのが西暦227年の12月。司馬懿が孟達を斬ったのが西暦228年の1月のことです。

孟達は敵軍が到着するのに一ヶ月はかかると踏んでいましたが、

司馬懿はそれを八日の強行軍で急襲し、孟達は守りを固めきれませんでした。

甥の鄧賢と配下の李輔に裏切られて十六日で城を落とされてしまうのです。

孟達はそのまま斬首されました。

 

孔明と司馬懿

 

司馬懿の行軍がもう少し遅かったら、孟達への蜀からの援軍も間に合っていたかもしれず、

蜀の北伐は成功していたかもしれません。

 

関連記事:野心家の孟達(もうたつ)が時代を変えた!三国志の歴史に残る裏切り劇

関連記事:どうやったら蜀は魏を滅ぼして天下統一を果たせたの?【ろひもと理穂の考察】




時間の感覚に鋭い司馬懿

司馬懿

 

軍師連盟の主役である司馬懿は日ごろ慎重な男ですが、

ときに凄まじいまでに迅速な行動を起こします。

孟達を攻めたときもそうですし、西暦249年1月のクーデターの際も同様です。

政敵である曹爽が参拝のために城を出たとみるやすぐに兵をあげ、

皇太后の命令と称して城門を閉じて曹爽を罷免する上奏文を発表したのです。

曹爽はあっさりと投降し、曹爽一派は根絶やしにされました。

敵の油断を突き、電光石火の如く攻め込むのは司馬懿の十八番なのかもしれません。

もちろん、それだけの緻密な計算と確固たる覚悟がなければ成功に導けない芸当です。

このように「時間」というものを有効的に活用できるのも司馬懿の強みといえます。

 

関連記事:【軍師連盟】司馬懿が起こしたクーデターは博打だったの?

関連記事:【軍師連盟】司馬懿は簒奪をいつから狙っていたの?

 

緩急をつけることのできる司馬懿

司馬懿

 

司馬懿はやみくもに強行するわけではありません。

諸葛亮孔明と対峙した西暦234年の第六次北伐の際には約百日間守勢に回って沈黙を貫いています。

この「五丈原の戦い」では婦人物の衣服を送って

挑発してくる諸葛亮孔明に対し、陣を固めじっと耐えているのです。

また西暦238年の東征の際には時間をかけています。

 

司馬懿

 

反乱を起こした公孫淵を攻めて約七カ月の期間の末に公孫氏を滅亡させています。

このときの司馬懿は焦ることなく行軍し、じっくりと敵を包囲して襄平城に追い込みました。

状況に応じて臨機応変な兵の動かしが司馬懿にはできるのです。

これこそが軍師連盟の主役・司馬懿の真骨頂でしょう。

 

関連記事:【軍師連盟】司馬懿は遼東遠征の時なんで大虐殺をしたの?

 

三国志ライター ろひもと理穂の独り言

ろひもと理穂

 

司馬懿は「勝つためには何が一番の得策なのか」の判断が的確です。

これは、相手を出し抜き打ち破るためにはとても大切な能力といえます。

そこには忠も義もなく、冷徹なまでの計算があるだけです。

司馬懿が人間としてあまり後世のひとに好かれていないのはそのためかもしれません。

そんな司馬懿を軍師連盟ではどんな魅力的な人物として描かれるのか楽しみですね。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:三国志時代に降伏や降参するときはどうやってサインを出していたの?

関連記事:【素朴な疑問】三国志時代はどうやって兵士を集めていたの?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

ろひもと理穂

ろひもと理穂

投稿者の記事一覧

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください!

好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

関連記事

  1. 陸遜(りくそん)ってどんな人?100年に1人の呉の逸材
  2. それだけは言っちゃダメ!三国武将の地雷ワード3選
  3. 三国志好きならニヤリとできる!諱、字、一番多い姓、珍しい姓を紹介…
  4. 世説新語(せせつしんご)ってなに?初心者にこそ読んでほしい小説集…
  5. 陶謙はどうして劉備を後継者にしたの?三国志の素朴な疑問に答える
  6. どうやったら蜀は魏を滅ぼして天下統一を果たせたの?【ろひもと理穂…
  7. 史上最高の天才将軍 韓信(かんしん)は性格にかなり問題あり?
  8. 王基(おうき)ってどんな人?軍事・政治で非凡な能力を見せた魏の武…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 前漢の外交官・張騫(ちょうけん)は大月氏と同盟を結ぶために西の国へ
  2. 潼関(どうかん)の戦いとはどんな戦いだったの?【関中十部VS曹操軍】
  3. 善悪関係なし!6人の君主を渡り天寿を全うした軍師賈詡の生涯!
  4. 洛陽に続き、長安でも好き放題をした董卓
  5. 【秦の宰相】一介の商人である呂不韋はどうやって秦の宰相まで出世出来たの?
  6. 袁術祭り秘話|袁術をkawausoが取り上げた理由

三國志雑学

“劉備漫画"

ピックアップ記事

おすすめ記事

【第3話】戦え!于禁文則ん「曹操救出 黄巾の残党との戦い」 周宣(しゅうせん)とはどんな人?夢を占わせれば、九割の精度を誇った魏の夢占い師 趙奢(ちょうしゃ)とはどんな人?趙の三大天最後の一人で政治・軍事両方に秀でた名将【前半】 司馬炎(しばえん)ってどんな人?三国時代を終わらせたスケベ天下人 司馬懿の名言から分かる!曹爽との権力争いを分かりやすく紹介!「駑馬、短豆を恋う」 孔明にパクリ容疑!?天下三分の計を最初に考えた蒯徹(かいつう) 江東の豪族・陸遜は政治家としては優秀だったの? 劉巴(りゅうは)とはどんな人?天下に名声を轟かせた名士であるが、性格に難あり

おすすめ記事

  1. 【真田丸】三谷幸喜ならやりかねない?実は生きていた真田信繁!!頴娃にある伝・真田墓に訪れてみた
  2. 32話:ブチ切れる献帝、曹操暗殺を指示
  3. 賈詡と陸遜を徹底比較!あなたはどっちの天才軍師を起用する?
  4. 秦国六大将軍、胡傷(こしょう)は王翦の師匠だった!?
  5. 曹丕が建国した魏ってどんな王朝でどうやって滅びたの?
  6. 三国時代のお酒は発泡酒レベルだった?
  7. よりぶりんって、何者?
  8. 日本で一番すごい武将?敵中を突破して帰国した猛将・島津義弘の武勇伝

はじさん企画

袁術祭り
特別企画
異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
はじめての三国志TV
PAGE TOP