三国志の英雄も楽しんだ?日本とは少し違う三国志時代の蝉取り

2016年11月8日


 

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kawauso

 

kawausoが子供の頃、蝉取りは夏の遊びでした。虫取り駕籠と虫取り網を持って、野山を駆け回ったものですが、三国志の時代の人々も、蝉取りをしたようです。

 

若い頃の袁紹と曹操は仲が良い

 

ただ、そのやり方は、日本とは少し違う方法でした。今回のはじさんは、劉備(りゅうび)曹操(そうそう)も子供の頃は夢中になったかも知れない中国の蝉取りについて解説しますよ。

 

合理主義者、王充の思い出にある蝉取り

 

曹操にも影響を与えた「論衡」の著者で後漢中期の合理主義者、王充(おうじゅう)「子供の頃に遊んだ友達は、皆、雀取りと蝉取りが好きであった」と回想している程に、後漢の時代、蝉取りはポピュラーでした。

 

曹操

 

後漢から、三国志の時代は連続しているので、曹操や劉備も、子供の頃には蝉を取った可能性は高いと思います。もっとも、お金持ちの曹操は、いつも買って貰っていて、自分で取らなかったという可能性もありますが・・

 

日本とは違う、中国の蝉取り

呂不韋

 

日本における蝉取りというと、麦わら帽子に虫取り網のイメージですが、中国では、少し違うようです。キングダムにも登場する大商人・呂不韋(りょふい)が金にあかせて編纂した「呂氏春秋」という書物によると

 

「爚(やく)蝉は務めてその火を明らかにするにあり、その樹を動かすのみにて、火明らかならざれば樹を振かすも何ぞ益せん」と書いています。

 

これはつまり、蝉を取るには、夜中に樹の近くに行き、火を焚いて、樹を揺するといいと言っているのです。蝉などの昆虫は、習性で火に向かって飛びこむので、火の周辺に網を仕掛けて樹を揺らせば、びっくりした蝉は飛び出し、火に吸い寄せられ網に飛びこむそういう寸法なのです。

 

この方法は周の時代に始まり、以後数千年、蝉取りのメジャーな方法で現在でも、中国では蝉はこのように取るのだそうです。

 

孔子が目撃した、蝉取り名人ジジィ

孔子

 

また、蝉を取るのに黐(とりもち)を使う方法もありました。「荘子」の達生によると、ある所に蝉取り名人の腰の曲がった老人がいて、孔子がその様子を見ていると、黐を使って、落ちているモノを取るようにいとも簡単に樹上の蝉を捕まえていました。

 

とても感心した孔子がその秘訣を聞くと、蝉取り名人は、「あまり動かず、無心になり、ただ蝉の羽の動きだけに神経を集中するのじゃ」と答えたという事です。

 

ここまで行くと、人生の奥義に通じるように思えたのか、孔子も神妙にうなづいています。すごいぜ、蝉取り名人ジジィ!

 

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蝉取りは商売になっていた

商人

 

現在の日本でも、昆虫類はデパートで売るようになって久しく、kawausoなどは、山で獲れるものを売るのを珍しく思ったものですが、中国では唐の時代から、蝉売りという商売があったようです。

 

都市の人間で、ヒマがある人が森に入って蝉を取ってきて「青林の楽しみはいかが?」と呼ばわりながら街を歩くと、女子供が、家から飛び出してきて、あっという間に売れたようです。

 

こうして買った蝉は、紐で吊るして窓や戸口に飾り、その蝉の鳴き声を聞いて楽しんだと言われているので、風鈴のような風物詩だったのでしょう。

 

捕まえた蝉のお腹に爆竹を挟み爆発させていた

kawausoの悪友のヒドイ遊びよりは、ずっと風流な趣味です。

 

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三国志ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

また、同じ頃には、蝉の鳴き声の立派さを競う競技である、仙虫社(せんちゅうしゃ)というものも流行していた事が記録されています。日本では鈴虫などの鳴き声の鑑賞はありますが、中国では蝉も、鳴き声が鑑賞の対象になったようですね。

 

ただ、不思議なのは、日本のように虫取り網で蝉を取ったという記述がない事ですが、やはりトリモチや火を使って蝉を取るのが中国では一般的だったという事かも知れませんね。

 

本日も三国志の話題をご馳走様・・

 

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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