【シミルボン】不老不死の為なら死んでもいい!寿命を縮めた曹操のデタラメ健康


 

シミルボン

 

※こちらの記事は「シミルボン」専用コンテンツです。

 

朝まで三国志

 

富も地位も女も名誉も手に入れた権力者が最期に夢見るのが不老長寿です。

実際に秦の始皇帝を始め、多くの権力者が死の恐怖から逃げる為に

怪しげな妖術や、道術にハマり込み、多額の富をつぎ込んでいました。

そして、そのような不老不死に憧れたのは、あの三国志の英雄、

曹操(そうそう)も例外では無かったのです。

 

曹操も不老不死に憧れた一人

曹操06

 

三国志屈指の英雄、曹操も、あの妻が13人もいる

ドスケベ曹操も、そんな不老不死に憧れた権力者の一人でした。

 

彼の業績を書いた武帝紀の注には、こうあります。

 

「太祖は養生の法を好み、方術の士をひろく招いた」

 

このように曹操は、長寿の為に積極的に各地から方士や道士を集めていました。

しかし、誤解がないように言いますと、曹操は始皇帝のように

仙人が造った金丹を飲めば、楽ちんで不老不死というような

努力無しのインスタント不老不死を求めてはいません。

 

「そんな簡単に金丹飲んで不老不死になれるなら誰でも不老不死じゃ!

不老不死になるには、仙人のように相応の努力をしないといかんのだ」

 

そういう間違ったストイックさで求道者のように不老不死を求めたのです。

そのストイックさが曹操の場合には、滑稽さを生みだすのでした。

 

関連記事:始皇帝は不老不死を求めて何で水銀を飲んだの?

関連記事:話題の水素水問題は三国志時代にもあった?健康になる水信仰

 

方士の一人甘始から教わった健康法

曹植

 

そんな曹操の集めた方士の一人に甘始(かんし)という人物がいました。

太原の出身と言われる甘始は、齢200歳(自己申告)で

深呼吸法という今で言うロングブレスダイエットに、巧みな人物でした。

 

甘始は、年を取っても若々しい姿をしていて穀物を食べなかったそうで、

それを怪しんだ曹操の息子の曹植(そうしょく)が甘始を監禁して(怖っ!)

本当かどうかを調べた所、やはり穀物は口にしなかったそうで、

曹植は弁道論という書物で

 

「甘始が不老不死かどうか分からんが、大飢饉が来たら使えるよ」

とよく分からないコメントを残しています。

 

関連記事:荀彧と曹植はオシャレ男子だった?三国時代の男子は化粧をしていた

関連記事:ギャップに驚き!禰衡だけでは無かった!Mr.天然、曹植の裸踊り

 

ハチャメチャな甘始の不老不死実践方法

仙人を演じる少年

 

この甘始方士、ロングブレス健康法だけではなく、

房中術、飲尿療法、そして逆さ吊りという様々な方法で不老長寿を得て

洞窟の中に100年以上も住んでいて、やがて王屋山に入り、

仙人になって昇天してしまったと記録されています。

 

房中術、飲尿療法までは分かるとしても、逆さ吊り健康法は、

なんかのギャグにしか思えませんね。

 

ですが、まるでギャグにしか思えない、不老長寿の方法を、

大真面目に実践した男がいました、もちろん曹操です(笑)

ストイックな求道者である曹操は、逆さ吊りというバラエティ番組の

罰ゲームのような苦行でも、それを避けなかったのです。

 

こんな事をやっていた頃、曹操は、もう五十を過ぎていたような

気がするんですが・・

 

シミルボン

 

【シミルボン】不老不死の為なら死んでもいい!寿命を縮めた曹操のデタラメ健康

の続きは、「シミルボン」内のページで読めます。

続きが気になる方は、「シミルボン」にアクセスしよう!

 

  • この記事を書いた人
  • 最新記事

はじめての三国志

「ゆるく、たのしく、わかりやすく」をコンセプトにした 歴史エンタメメディアです。
(®登録商標:第5800679号)

-はじめての変, 執筆者:kawauso
-, , ,