馬鹿の語源はキングダムの趙高の実験から生まれた?


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司馬懿

 

バーカ!!この言葉皆さん一回は使ったことがあるのではないのでしょうか。

小学生や中学生の時に私はいっぱい使ったことがあります。

さてこのバカという言葉漢字に直すと「馬と鹿」で、合体させると「馬鹿」となります。

そしてこの馬鹿の語源は楚漢戦争時代に生まれた言葉だと言うことを皆さん知っていましたか。

今回はこの馬鹿の語源についてお話したいと思います。

 

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ポンコツ皇帝を就任させるが・・・・

胡亥

 

始皇帝の死後宦官の趙高は、宰相・李斯(りし)を言葉巧みに説得し、

出来の悪い始皇帝の三男・胡亥(こがい)を皇帝へ就任させます。

そして彼は協力者であった李斯を殺害して、自らが宰相となって秦の国を動かしていきます。

だが胡亥が皇帝に就任した頃、秦の国は陳勝・呉広の反乱によって国は大いに乱れ、

かつての六国の王が勝手に故国を占領して、王を僭称している有様でした。

 

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名将・章邯を起用して反乱を討伐軍を出陣させる

趙高 キングダム

 

この状況を知った胡亥は章邯(しょうかん)を将軍に任命して、

反乱軍を鎮圧させるために出撃させます。

章邯率いる秦軍は陳勝・呉広の反乱軍を各地で破り、陳勝討伐に成功します。

さらに章邯軍は江南から北上して楚王を立てていた項梁(こうりょう)の軍勢を撃破し、

彼を討ち取ります。

向かうところ敵なしの章邯軍は河北で独立した趙の国を滅ぼすために、

北へ向かって進軍を開始するのでした。

 

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趙高の専横

胡亥

 

趙高は章邯軍が反乱軍を次々と撃破していることを皇帝に報告。

皇帝・胡亥は大いに喜び趙高を褒め、彼に政治を任せていきます。

趙高は自らの権力を揺るぎないものへとするため胡亥へ

「帝たるもの政治に参加するのはよくありません。また群臣へ姿を現したりしては

帝の権威が低下する恐れがあり、声を群臣へ聴かせることも良くないでしょう。」と進言。

胡亥は趙高を信用していたので、彼の進言に疑念を抱かずに受け入れます。

そして皇帝が居なくなった秦の国政は趙高がひとりで握ることになるのです。

こうして天下一の権力を手に入れた趙高は密かにあることを計画。

その計画とは皇帝胡亥を殺害して、自らが秦の皇帝になることです。

しかし趙高のこの計画に皇帝の側近達が賛同を示さない者と

成功する確率が低くなるため、あることを試します。

 

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馬と鹿

鹿 f

 

趙高は皇帝の側近たちが自分に従う人物なのかを試すために鹿を用意。

そして胡亥へ鹿を献上し、彼へ「馬を献上しに参りました。」と伝えます。

胡亥は鹿を見て「おいおい。耄碌するにはまだ早いだろう。これは間違えなく鹿だ」と

丞相である趙高へ伝えます。

だが趙高は馬ですの一点張りです。

そこで皇帝は側近へ「これは鹿だろう。」と尋ねます。

すると側近の返答にはいくつかのグループが生まれます。

一つ目は黙っている側近。

二つ目は趙高の意見に合わせる側近。

そして三つ目は皇帝に同調して「鹿です。」と答える側近でした。

この様子をみた趙高はその後鹿ですと皇帝に言上した側近に罪を着せてすべて殺害。

そして残りの二つの返答をした側近達にはなにもしませんでした。

 

その理由として一つ目のグループは今後、

趙高が何をしても逆らわずに成り行きに任せているからです。

二つ目のグループは趙高に積極的に賛同し、

彼がクーデターを起こした際には協力者になってくれる可能性があるからです。

この実験によって趙高は自らに協力してくれるグループを皇帝の側近に配置することにします。

そして後世、自らの権勢におごってちぐはぐもしくは矛盾したことを押し通そうとする人物のことを

馬鹿と呼ぶようになるのです。

 

楚漢戦争ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

この馬鹿の語源は趙高が胡亥に行った実験が由来となっている説もありますが、

いくつか説があるようです。

ボケという言葉がなまって馬鹿となった説や馬という姓を持つ富豪が散財したことが

原因で馬鹿という言葉生まれた説など様々です。

しかし趙高が胡亥に言ったという説を私は取らせてもらったので、

今回この記事を紹介させていただきました。

「今回の楚漢戦争時代のお話はこれでおしまいにゃ。

次回もまたはじめての三国志でお会いしましょう。

それじゃあまたにゃ~」

 

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