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執筆者:黒田廉

背水の陣は韓信だけではなかった!項羽が使った悲愴の決意を示した行動とは?

この記事の所要時間: 28




韓信 将軍

 

楚漢戦争最大の軍略者として当時の中国全域にその名を轟かせた韓信(かんしん)

彼は楚漢戦争時代に一度も負けなく趙・魏・斉・燕などの国々を平定していきます。

また彼が趙攻略戦で使った陣形は「背水の陣」と呼ばれて現在でもこの言葉が残っています。

しかし韓信が背水の陣を敷く前に使っていた武将がいたのを知っていましたか。

それは西楚覇王として知られる劉邦のライバル項羽です。

彼はどの戦いの時にこの陣形を使ったのでしょうか。

 

関連記事:【項羽との恋愛で起こった悲しい運命】虞美人と虞美人草の悲しいお話

関連記事:漢の400年は、たった8年の激しい戦いから生まれた?三国志の前哨戦、楚漢戦争!




懐王に趙救援を命じられる

項羽と鍾離昧

 

懐王は項梁(こうりょう)が亡くなると諸将を集めて、会議を開きます。

諸将は楚の上将軍であった項梁が亡くなったことを知り、大いに士気が低下しておりました。

懐王は諸将の士気を上げるために「上将軍死後も秦を滅ぼすため楚は戦い続ける。

そこで関中へ一番乗りを果たした者を関中王へ任命しよう」と諸将へ宣言します。

この宣言を聞いた項梁の甥である項羽は勇立ち、会議を抜けようとします。

すると懐王は「項羽よ。君には趙の救援を命じる。」と

西へ向かわせず北へ行くように命令を出します。

この命令を聞いた項羽は激怒し「なぜ俺が趙へ救援に行かねばならないのですか」と

食い下がります。

懐王は項羽へ「君が一番戦が巧いと思っているからだ。」と彼をおだてます。

このお立てに乗った項羽はしょうがなく命令を聞いて趙へ向かうことにします。




上将軍宋義は趙へ向かわない

張良㈬ 鴻門の会編05 項羽

 

趙救援軍の総大将は項羽ではなく項梁の跡を継いで上将軍となった宋義が就任。

北へ向かう為には必ず黄河を渡らなければなりませんが、彼は黄河を渡ろうとしませんでした。

項羽は一刻も早く趙にいる秦軍を蹴散らして西へ向かいたい為、

何度も宋義に「黄河を早くわたって進みましょう」と進言します。

しかし宋義は「趙と秦が今死力を尽くして戦っている。趙が秦軍を疲弊したところを攻撃するのが、

一番理にかなっているではないか。」と言って渡ろうとしませんでした。

項羽は口下手なので、宋義の意見に反対する言論を持っていなかったため大人しく下がります。

彼はその後も宋義へ進言しますが、取り上げてもらえずついに宋義を殺害してしまいます。

そして彼は全軍に「俺が今日から上将軍だ!!」と宣言します。

 

破釜沈船

項羽 はじめての三国志002

 

項羽は宋義を殺害して上将軍になると全軍に号令を出して、

趙を救うべく全軍に黄河を渡河するように命令を出します。

彼は全軍の渡河が終了すると諸将へ「釜を割って三日分の食料のみを携行せよ。

また船も全て破壊してしまえ。」命令を下します。

諸将は項羽の命令を聞いて急いで釜と船をぶっ壊します。

項羽は諸将が釜と船を破壊した事を確認すると

「全軍趙を救うために鉅鹿へ向かう。いざ進め!!」と号令を下します。

この項羽が発した命令は「破釜沈船(はふちんせん)」

と言われる名言として項羽本紀という書物に乗っております。

 

決死の覚悟で秦軍を打ち破る

項羽

 

楚軍は兵数も少ないですが、全員一丸となって大軍である秦軍へ突撃していきます。

秦軍は大軍だったこともあり、楚軍を油断しておりましたが、

楚軍は全軍一致して秦軍へ猛攻をかけてついに撃破することに成功します。

この戦いを後に「鉅鹿の戦い」と名付けられることになり、

秦はこの戦いに敗れたことで実質滅亡することになります。

 

楚漢戦争ライター黒田レンの独り言

黒田廉さん02a

 

項羽軍は秦軍を鉅鹿で撃破した後、

趙救援に訪れていた諸侯の軍勢は項羽の軍門へねぎらいの言葉をかけてきます。

項羽軍を訪れた諸侯は膝をついて進み、項羽の激しい攻撃をみて彼に恐れをなして

誰ひとりとしてまともに顔を上げることができなかったそうです。

「今回の楚漢戦争のお話はこれでおしまいにゃ。

次回もまたはじめての三国志でお会いしましょう。

それじゃあまたにゃ~」

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:項羽はあれだけ最強だったのに何故、天下を取れなかったのか?

関連記事:【架空戦記】時空を超えた最強対決!人中の鬼人・呂布VS楚の覇王・項羽

 



黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

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横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

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