殷の紂王(ちゅうおう)とはどんな人?悪逆非道の限りを尽くした殷朝最後の帝辛


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董卓えらそう 独裁

 

三国志の時代には暴君と言われる人物が出現します。暴君の代表格といえば献帝(けんてい)を操り、酒池肉林を行って政治を自らの思うままに動かした董卓(とうたく)が有名でしょう。だが古代中国には董卓を超える暴君がいたのをご存知でしょうか。その名を紂王(ちゅうおう)といいます。董卓を凌ぐと言われている暴君であった紂王は一体どのような人物なのでしょうか。

頭が良すぎ、力強くイケメンな紂王

 

紂王は実は頭の回転がものすごく早く、記憶力も抜群であったそうです。その為、自分に非がある行為を臣下に咎められても、自慢の弁舌で切り返して臣下を黙らせていたそうです。この結果紂王が行う政策に注意をする配下が少なくなってきます。また彼は力もかなり強く、猛獣を素手で殺してしまうほどでした。そして彼はイケメンな王様であったそうです。こんなに強く王様が一人の美女とであった事で狂い始めてしまいます。


側室として妲己を迎える

 

紂王は名君の素質を持っておりましたが、臣下がすべてポンコツに見えてしまいだんだんとやる気が無くなり、王としての勤めを果たさなくなっていきます。そんな中一人の美女と出会います。その名を妲己(だっき)といいます。彼は妲己をお妾さんとして迎え入れると彼女の心を満足させるために、彼女が望んだことをなんでも叶えていきます。

 

妲己のわがままその1:淫らな曲を作ってくださいまし

 

妲己は紂王が自分のわがままをなんでも聞いてくれると言ってくれたので、試しに「私淫らな曲を聴きたいの」と紂王にお願いします。すると紂王は「わしに任せよ」と言い放ちます。そして彼は曲を作る者に「今すぐ淫らな曲を作れ」と命じます。こうして曲を作るものはわけがわからないまま、紂王の命令に従って淫らな曲を完成させます。この曲の名前は「北里の舞」と「靡靡(びび)の楽」と名付けられ、この曲を聞いた妲己は大いに満足したそうです。


妲己のわがままその2:乱痴気騒ぎが見てみたい

 

妲己は次に紂王に「王様。私乱痴気騒ぎと言うものを見てみたいの」とお願いします。紂王は「早速やるか」と言って快く快諾。紂王は気に肉をいくつもぶら下げ、池の水を取り除いてから、酒を溢れるほどに注ぎます。そして若い男女を真っ裸でこの宴に参加させます。もちろん妲己や紂王も裸で参加。こうしてこの乱痴気騒ぎはいつ果てることなく続いたそうです。そして後世にはこの時の宴会を「酒池肉林」と伝えられることになります。


  

「酒池肉林」実は乱痴気騒ぎではなかった??

キングダムと三国志

 

紂王が妲己の要望に応えて行った乱痴気騒ぎは実は「酒池肉林」と言われている騒ぎでは、ありませんでした。当時の殷王朝では神様に行うお祭りであったとしている説が唱えられているそうです。現代は巫女様=女性ですが、殷王朝では男性も神降ろしの儀式ができたそうで、女性と男性の巫女様が舞を舞いながら儀式を行っていたそうです。また酒も当時では神様のお供えもとして非常に貴重なものでした。しかし紂王は当時の酒は少量しかお供えをしていないから少ないのではないかと考えて、池の水をすべて抜いて酒とチェンジしたと考えれば、そんなに筋が通らない物ではないと思います。

 

歴史は勝者がすべて都合のいいように敗者を貶めることが出来るのものです。その為、周王朝に取って殷王朝は悪に仕立上げなければなりません。そこで殷王朝最後の王様である紂王が行った行為をすべて悪く記載して後世に残したのでは、ないのでしょうか。このように考えれば実は紂王が行ったことのいくつかは、それなりに理由があったものかもしれません。

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