歴史上の人物の中には有名じゃないけど「この人すごくない!?」って人がゴロゴロいます。
幕末の日本でもあんまり有名じゃないけど考えていることが幕末の歴史上の人物の中で、
図抜けていた長岡藩(ながおかはん)の家老河井継之助(かわいつぎのすけ)などが
いい例だと思います。
上記の例は三国志の人物達にも当てはまるとレンは思います。
建安七子のひとりである王粲(おうさん)のとんでもない才能をご紹介します。
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王粲のとんでもない才能その1:度胸にあふれた進言
王粲のとんでもない才能その1として度胸に富んでいることです。
彼のどんな所が度胸に富んでいるのでしょうか。
王粲は長安を脱出して荊州(けいしゅう)の劉表の元に身を寄せることになります。
彼は劉表が亡くなると曹操軍の大軍が南下することを知って、
劉表の後継者である劉琮へ進言します。
この時の進言が度胸に溢れております。
彼は劉琮へ「殿。ご自身で御身と曹操を比べて、
どちらが優れているかお分かりになりますか。」と進言。
劉琮は彼の進言にびっくりして答えられませんでした。
すると彼は「曹操は袁紹を倒して河北を統一し、
異民族である烏桓を滅ぼしており倒してきた群雄の数は計り知れません。
この曹操の実績を見ても彼が優れている人物であるかがお分かりになると思います。
今ここで曹操に降伏すれば劉琮様も長く幸福を享受できるのではないのでしょうか」と
述べます。
普通自らの君主と敵を比べてご覧なんていったら、
すぐに処刑されてしまうのではないのでしょうか。
さらに敵である曹操を褒めちぎっている点では、
度胸に溢れた進言と言っていいのではないのでしょうか。
王粲のとんでもない才能その2:記憶力がやばい
王粲のとんでもない才能その2として記憶力がやばいのです。
彼はある日友人同士が行っている碁を見物しておりました。
しかし突風のせいで碁盤に並べられていた石がぐちゃぐちゃになってしまいます。
王粲は碁盤がぐちゃぐちゃになるとすぐに碁石を碁盤の上に元通りに直します。
だが友人は「適当だろ」と言って信用しませんでした。
王粲は「嘘じゃないよ」と言って反論。
そこで友人たちは碁盤の上に布をかぶせて見えないようにしてから彼に
「嘘じゃないならもう一度やってみせてよ」と新しい碁盤を用意して言います。
すると彼は「わかった」と言って頷くと新しい碁盤の上に碁石を載せて行きます。
友人たちは布をとって王粲が並べた碁石を見ると寸分違わずにあっていたため、
友人達は彼に謝ったそうです。
対局している当人同士も碁石がどのように碁盤に並べていたのかを覚えていないのに、
外部から見ていた王粲が碁盤に並べられていた碁石を寸分たがわずに覚えているなんて、
普通の人ではできないでしょう。
彼の記憶力がどれだけやばいかお分かりになったと思います。
王粲のとんでもない才能その3:校正いらずの文章力
王粲のとんでもない才能その3として校正いらずの文章力です。
彼は一度筆を取るととんでもないスピードで文章を書き上げてしまいます。
これなら誰でもできそうなことですが、
彼の場合出来上がった文章には一切修正するところがなかったそうです。
また上奏文なども手がけており魏の大臣であった王朗(おうろう)や鍾繇(しょうよう)などは、
彼の文章が凄すぎてため息をついてしまうほどだったそうです。
レンも王粲みたいな文章能力があればとため息をついてしまいます。
三国志ライター黒田レンの独り言
王粲は今回紹介したとんでもない才能の他に計算が得意であったそうです。
あまり有名でないためにほとんどの人が知らない王粲。
しかしその才能は有名になっている三国志の文官達と比較しても、
遜色ないほどの人物であると思うのはレンの気のせいでしょうか。
参考文献 ちくま文芸文庫 正史三国志魏書3 今鷹真・井波律子著など
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