編集長日記
HMR

はじめての三国志

menu

執筆者:ろひもと理穂

卑弥呼の謎!曹爽と卑弥呼には関係があった!?

この記事の所要時間: 249




 

ハイ、それでは、三国志の世界をいろいろな角度から掘り下げていく

「ろひもと理穂の三国志・古の日本」のコーナーです。

 

 

鬼道をもって邪馬台国を治めた女王・卑弥呼は、魏国に使者を送り朝貢します。

そして「親魏倭王」の称号を得ました。

後世では、ここで一つの議論が生まれます。

卑弥呼が朝貢したのは西暦238年なのか239年なのかという問題です。

非情に微妙な境目で、仮に西暦239年であれば明帝(曹叡)は病死しており、

 

 

少帝(曹芳)が即位しています。つまり政治の実権は曹爽(そうそう)が握っていました。

卑弥呼に親魏倭王の称号を与えたのは、この曹爽ということになるのです。

はたして二人には繋がりがあったのでしょうか。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:松本清張も注目!邪馬台国(やまたいこく)はどこにあったの?




曹爽が倭に何を期待したのか

 

仮に邪馬台国の冊封を決定したのが曹爽だとすると、

そこには何らかの意図があったはずです。

なぜ島国の小国である倭に利用価値を見出したのでしょうか。

一つに朝鮮半島問題があります。

高句麗、そして韓への圧力をかけるために東の倭と結んだというものです。

もう一つは呉への牽制です。これは高句麗や韓に対するものと同義です。

さらにもう一つ、政敵である司馬懿への牽制です。

別に倭の軍事力など司馬懿への圧力にはならないでしょう。

では、倭に何か司馬懿を怯えさせる脅威があったのでしょうか。

それはもはや卑弥呼の超能力しかありません。

曹爽が期待したのは卑弥呼の鬼道なのではないでしょうか。




曹爽が動く

 

卑弥呼が再び使者を魏に送ったのが、西暦243年のことになります。

伊声耆、掖邪狗ら八人を使者に立てました。

このときは前回以上の価値のある献上品をしています。

倭錦、綿衣、帛布、丹木、短弓などです。

この年の12月に使者は洛陽に到着しました。

すると翌年の3月に曹爽は蜀への侵攻を始めます。

かなり前から準備はしていたようですが、なかなか決断はできなかったようです。

実績充分の司馬懿が曹爽を諫めていたこともありました。

しかし曹爽は司馬懿の実績に対してコンプレックスを抱いていたようで、

司馬懿に負けない武功をあげたかったのです。

 

 

そこで思いついたのが蜀の漢中への攻略でした。

曹爽は、卑弥呼の使者を率善中郎将に任じます。

司馬懿も恐れる鬼道の使い手・卑弥呼の家臣を引き連れて曹爽は漢中攻略に乗り出したわけです。

曹爽は十万の軍勢を率いて蜀を攻めました。異民族の協力も得ています。

 

 

しかし、険しい道のりと蜀軍の徹底的な守りに遮られ前に進めません。

 

 

わずか二ヶ月ほどで曹爽は撤退を決めたようです。

卑弥呼の援軍の力は効果を発揮しなかったというわけです。

 

関連記事:倭国 「魏志倭人伝」 から読み取る当時の日本、邪馬台国と卑弥呼を分かりやすく解説

関連記事:邪馬台国ってどんな国だったの?まさに神っていた邪馬台国

 

卑弥呼死す

 

卑弥呼は西暦249年以前に亡くなっているとされています。

理由はその後継者の使者が西暦249年に魏を訪れているからです。

鬼道を司る女王が死んだことを確認して司馬懿は行動に動きます。

西暦249年1月に起こしたクーデターです。

 

 

これによって曹爽は捕らえられ、処刑されてしまいました。

政権は司馬懿に移ります。

その後、卑弥呼の跡を継いだ壱与の使者が朝貢に訪れるわけです。

献上品は生口男女三十人、白珠五千、孔青大勾珠二枚、

異文雑錦二十匹というかつてないほど豪華なものでした。

しかし魏に倭の理解者たる曹爽は亡く、

壱与の使者は魏の外交官にしか会うことはできなかったといいます。

もはや倭に対する期待感は司馬懿を筆頭にした魏になかったのです。

 

三国志ライター ろひもと理穂の独り言

 

フィクション要素も強くなってしまいましたが、数値などは記録の通りです。

倭に注目が集まったのは卑弥呼が生きていた時期だけであり、

かつそれは曹爽が権力を握っていた時期でもあります。

何かしらの関係があったのではないかと考えると、何かドキドキしてきますね。

 

皆さんはどうお考えですか。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:曹真が余計な事をするから邪馬台国の場所が特定出来なくなった?

関連記事:邪馬台国が魏と外交出来たのは司馬懿のおかげ?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

ろひもと理穂

ろひもと理穂

投稿者の記事一覧

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください!

好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

関連記事

  1. その裏切りはちょっと!!三国志の裏切りベスト10
  2. 忠義の士・陸遜に迫る!陸遜は呉でクーデターを起こすことはできたの…
  3. 呂布が董卓を裏切らなかったら後漢王朝はどうなった!?
  4. 2分で分かる合肥の戦い その2 孫権の度胸の良さとは!?
  5. 【第2回 幻霊物語~爆裂三国バトル~】あの袁●が仲間に!攻略が進…
  6. 三国志を否定するのは呉の張昭?三国間の不毛な争いを終わらせようと…
  7. あなたが実際に兵士として戦場に行軍してみたらどれだけ大変なの?
  8. もし曹丕が夷陵の戦いの後に蜀に攻め込んでいたら蜀はどうなった?

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 【はじめての西遊記】ウキッ!と登場、孫悟空(そんごくう)って何者?
  2. 魏も漢もクソ喰らえ!野望のままに自由に生きた梁興(りょうこう)
  3. 神回『犬伏の別れ』の裏側、真田丸と韓信には深い関係性があった
  4. 61話:曹仁が繰り出した高度な陣形 八門金鎖の陣を繰り出す。劉備軍はどうやって攻略したのか?
  5. 【三国志群雄列伝】3分でわかる:三国志の群雄達の名言
  6. 実在した仙人?史実でも孫策に殺されてしまう于吉(うきつ)

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

三国時代にも「ザ・たっち」は存在した?後漢時代に存在した双子についての記録が凄い! 【センゴク】信長の仇討ちで秀吉についたのは、神戸、丹羽、掘、蒲生 いずれも名将で明智オワコンに・・ 高順(こうじゅん)ってどんな人?張遼と双壁を為す呂布軍の名将 【涼州の錦vs魏の文官】果たして勝ったのはどっち? 72話:劉琦の恩返し、劉備江夏城へ入る 劉邦の配下は悪党ばかりで最悪な軍だった?【後半】 【真田丸特集】司馬懿と秀吉、大返しで天下を手繰り寄せる! 60話:徐庶、劉備軍の軍師として曹操と対峙する!

おすすめ記事

  1. 【悲報】孔明の発明品で戦死した人物が実在した。鎧を過信した南朝宋の軍人・殷孝祖
  2. 蔡夫人、張允、蔡瑁、トリオ攻撃が劉備を追いつめる!
  3. 【諸葛孔明の兵法】魏を苦戦させた知られざる孔明のアメーバ戦術
  4. 三国志で複雑なシリア内戦をザックリ解説
  5. 張飛に怒鳴られて落馬して死んだ武将、曹丕の粋な計らい等、三国志を彩る変わった武将たち
  6. サンクトペテルブルク以東最大と言われた大阪城を建築した秀吉の狙いとは?
  7. 日中対決!後漢をぶっ壊した董卓と貴族政治を破壊した源義仲
  8. 趙雲の妻、孫夫人がお茶目すぎる!ほんのいたずらが夫を殺す羽目に!

はじさん企画

帝政ローマ
広告募集
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP