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執筆者:ろひもと理穂

卑弥呼の謎!曹爽と卑弥呼には関係があった!?




 

ハイ、それでは、三国志の世界をいろいろな角度から掘り下げていく

「ろひもと理穂の三国志・古の日本」のコーナーです。

 

 

鬼道をもって邪馬台国を治めた女王・卑弥呼は、魏国に使者を送り朝貢します。

そして「親魏倭王」の称号を得ました。

後世では、ここで一つの議論が生まれます。

卑弥呼が朝貢したのは西暦238年なのか239年なのかという問題です。

非情に微妙な境目で、仮に西暦239年であれば明帝(曹叡)は病死しており、

 

 

少帝(曹芳)が即位しています。つまり政治の実権は曹爽(そうそう)が握っていました。

卑弥呼に親魏倭王の称号を与えたのは、この曹爽ということになるのです。

はたして二人には繋がりがあったのでしょうか。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:松本清張も注目!邪馬台国(やまたいこく)はどこにあったの?




曹爽が倭に何を期待したのか

 

仮に邪馬台国の冊封を決定したのが曹爽だとすると、

そこには何らかの意図があったはずです。

なぜ島国の小国である倭に利用価値を見出したのでしょうか。

一つに朝鮮半島問題があります。

高句麗、そして韓への圧力をかけるために東の倭と結んだというものです。

もう一つは呉への牽制です。これは高句麗や韓に対するものと同義です。

さらにもう一つ、政敵である司馬懿への牽制です。

別に倭の軍事力など司馬懿への圧力にはならないでしょう。

では、倭に何か司馬懿を怯えさせる脅威があったのでしょうか。

それはもはや卑弥呼の超能力しかありません。

曹爽が期待したのは卑弥呼の鬼道なのではないでしょうか。




曹爽が動く

 

卑弥呼が再び使者を魏に送ったのが、西暦243年のことになります。

伊声耆、掖邪狗ら八人を使者に立てました。

このときは前回以上の価値のある献上品をしています。

倭錦、綿衣、帛布、丹木、短弓などです。

この年の12月に使者は洛陽に到着しました。

すると翌年の3月に曹爽は蜀への侵攻を始めます。

かなり前から準備はしていたようですが、なかなか決断はできなかったようです。

実績充分の司馬懿が曹爽を諫めていたこともありました。

しかし曹爽は司馬懿の実績に対してコンプレックスを抱いていたようで、

司馬懿に負けない武功をあげたかったのです。

 

 

そこで思いついたのが蜀の漢中への攻略でした。

曹爽は、卑弥呼の使者を率善中郎将に任じます。

司馬懿も恐れる鬼道の使い手・卑弥呼の家臣を引き連れて曹爽は漢中攻略に乗り出したわけです。

曹爽は十万の軍勢を率いて蜀を攻めました。異民族の協力も得ています。

 

 

しかし、険しい道のりと蜀軍の徹底的な守りに遮られ前に進めません。

 

 

わずか二ヶ月ほどで曹爽は撤退を決めたようです。

卑弥呼の援軍の力は効果を発揮しなかったというわけです。

 

関連記事:倭国 「魏志倭人伝」 から読み取る当時の日本、邪馬台国と卑弥呼を分かりやすく解説

関連記事:邪馬台国ってどんな国だったの?まさに神っていた邪馬台国

 

卑弥呼死す

 

卑弥呼は西暦249年以前に亡くなっているとされています。

理由はその後継者の使者が西暦249年に魏を訪れているからです。

鬼道を司る女王が死んだことを確認して司馬懿は行動に動きます。

西暦249年1月に起こしたクーデターです。

 

 

これによって曹爽は捕らえられ、処刑されてしまいました。

政権は司馬懿に移ります。

その後、卑弥呼の跡を継いだ壱与の使者が朝貢に訪れるわけです。

献上品は生口男女三十人、白珠五千、孔青大勾珠二枚、

異文雑錦二十匹というかつてないほど豪華なものでした。

しかし魏に倭の理解者たる曹爽は亡く、

壱与の使者は魏の外交官にしか会うことはできなかったといいます。

もはや倭に対する期待感は司馬懿を筆頭にした魏になかったのです。

 

三国志ライター ろひもと理穂の独り言

 

フィクション要素も強くなってしまいましたが、数値などは記録の通りです。

倭に注目が集まったのは卑弥呼が生きていた時期だけであり、

かつそれは曹爽が権力を握っていた時期でもあります。

何かしらの関係があったのではないかと考えると、何かドキドキしてきますね。

 

皆さんはどうお考えですか。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:曹真が余計な事をするから邪馬台国の場所が特定出来なくなった?

関連記事:邪馬台国が魏と外交出来たのは司馬懿のおかげ?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

ろひもと理穂

ろひもと理穂

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三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください!

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曹操、蒲生氏郷

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