【正史と政治】張巡は歴史書で英雄に祀り上げられた


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三国志演義で、諸葛亮(しょかつりょう)曹操(そうそう)軍から十万本の矢を

騙し取ったという「草船借箭(草船で箭(や)を借りる)」のエピソード。

これは唐(とう)の張巡(ちょうじゅん)が実際に行ったことを、三国志演義が

パクったものです。

 

この張巡という人物、安史(あんし)の乱の時に官軍の将として籠城戦を行い、

兵糧が尽きても敵に降伏せず、自分の愛妾を殺して兵士たちに食べさせたことで

知られています。

一見ひどいようにも思えるのですが、『新唐書』では英雄のように記されています。

どうしてそういう扱いになったのか。

それを考えると、「正史」と「政治」のかかわりが見えてきます。

 

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張巡の籠城戦

 

張巡が守備していた睢陽(すいよう)城は、中原(ちゅうげん)のまんまん中にある要衝です。

周囲の城市が次々と反乱軍に降伏する中、睢陽が陥落すれば長江北岸までの地域を

すべて反乱軍にとられてしまう恐れがありました。

 

このため睢陽城は徹底抗戦を決め、兵糧が尽きても敵に降伏せず、馬を殺して食べ、

雀や鼠を捕まえて食べ、木の皮をかじり、紙を煮て食べました。鎧や弩も煮て食べました。

兵士の多くが餓死し、生きている者は弓を引く力もなくなるに至り、張巡は自分の愛妾を

殺して兵士たちに食べさせました。

 

城中の女性は次々と食料になり、女性がいなくなると男性のうち年老いた者や幼い者が

食料となり、食べられた人数は二、三万にものぼったといいます。

睢陽の頑強な抵抗が功を奏し、官軍は反乱軍から洛陽(らくよう)を奪還することが

できましたが、それは睢陽落城の十日後のことでした。

六万ともいわれる人口を擁していた睢陽城は、落城した時には

たった400人を残すのみとなっていました。


『新唐書』における張巡の評価

 

睢陽城の徹底抗戦があったおかげで官軍が勝利することができたとして、

『新唐書』は張巡の功績を評価しています。

 

「節を尽くしたことは金石に刻まれ、その忠義は末永く讃えられる」と大絶賛です。

張巡が最後まで敵に屈しなかった態度を、むかし殷(いん)が滅亡した時に新王朝の

周(しゅう)の食べ物を食べることを拒んで餓死した伯夷(はくい)・叔斉(しゅくせい)に

たとえながら、「伯夷・叔斉が首陽山(しゅようざん)で餓死したことを孔子は仁と称して

いるのだから、異論をさしはさむ余地はないはずだ」と言い切って強く締めくくり、

『新唐書』を読む者に張巡をディスる余地を与えていません。

 

張巡が万単位の人命を犠牲にしたことや人肉を食したことについては、『新唐書』は

全く批判していません。(当初そのことを批判する人もいた、ということを紹介しつつ、

その批判が名士たちに封じられる過程を記しています)

 

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『新唐書』での描かれ方

 

『新唐書』の張巡伝は、なんだかアヤシイんですよ……。

「本は三回も読めば終生忘れることなく、文章は下書きなしで書くことができました」とか

「兵士や住民の名前を一度聞いたら忘れませんでした」とか。

そのあと「大小四百の戦いで敵将三百、兵士十万余りを斬りました」と続くんですがね。

読んでいる時の感覚がどうも、ライトノベルで「彼の頭髪は雪のような銀髪で、右目は緑で

左目はオレンジでした」と書かれているのを読むような気分になってしまいます。

「ああそういうキャラね。ハイハイ。」みたいな。

 

「博覧強記」属性を記すことは、人物の有能さを表現する時の常套手段です。

のっけから張巡をスーパーマンにしてしまいたい『新唐書』の魂胆が見え見えです。

張巡は実際にそうだったのかもしれませんが、この他にも、奇策を用いて数々の会戦に

勝利してきた華々しい戦歴が列挙されていたり、カッチョイイせりふがあったり、

ヤン・ウェンリーか!」とツッコミを入れたくなるほど、ドラマチックにかっこよく描かれ過ぎです。


通常の市民感覚とのずれ

 

通常の市民感覚からすると、張巡は異常な判断をして多くの人命を損なった残念な人です。

張巡が籠城していた時、まわりの城は続々と反乱軍に降伏していましたが、

まわりの城の人たちのほうが常識人です。

 

旧来の儒者官僚の感覚からしますと、国家なんて命懸けで守るものではありません。

儒教には「易姓革命(えきせいかくめい)」の考え方がありますから、天子が徳を失ったり

天命が尽きたりすれば国家は転覆してもいいのです。

 

なので、反乱軍に城を囲まれたら、無理せずさっさと降伏して城の市民生活を守る

ことのほうが大切です。全ての城が反乱軍に降伏して国号が変わっても、市民生活さえ

保たれていれば天下泰平めでたしめでたしです。

この感覚は、張巡の徹底抗戦を大絶賛した『新唐書』の主張とはずれがあります。


  

 

『新唐書』の政治的意図

 

『新唐書』は、国家が中央集権体制の強化に躍起になっていた宋(そう)の時代に

書かれたものです。中央集権体制を強化しようと思った場合、先ほどの段落で述べた

ような「国家は転覆してもいい」「国号が変わっても、市民生活さえ保たれていれば

天下泰平めでたしめでたし」という市民感覚は絶対に矯正しなければならないものです。

 

市民感覚に反して徹底抗戦を選びいかなる犠牲を払ってでも国家転覆の危機と

戦い抜いた張巡のことを「忠義」として大絶賛することで、『新唐書』は市民感覚の

矯正をはかっているのです。

 

三国志ライター よかミカンの独り言

 

中国の「正史」は、歴史的事実を記録するという目的の他に、

過去の出来事に仮託して現代的な主張を述べるためにも利用されています。

「正史」には、それが編纂された時代の政治的なフィルターがかかっているのです。

 

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