曹操にまつわる梅林の話は本当なの?梅干しが曹操軍を救う?

2018年2月25日


 

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長安を脱出した献帝(けんてい)曹操(そうそう)が保護し、

潁川郡の許昌を都とした建安元年(196年)の頃は、

群雄たちによる熾烈な戦闘が各地で発生しています。

 

特に曹操は四方に敵を抱えており、

連戦に次ぐ連戦と遠征で兵糧不足は慢性化し、将兵は疲弊していました。

今回はそんな危機的状況を救った曹操の知恵をご紹介しましょう。

 

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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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三国志演義では曹操は梅林があると嘘をついた?

 

水が尽きたら戦闘どころではありません。行軍すらままならないのです。

実際に真夏の遠征中に曹操軍はそのような危機に陥っています。

止まれば自滅、生きるためには進まなければなりません。

 

しかし曹操は兵士を脅して無理やり進ませるようなことはしません。

味方の士気が大きく低下するためです。

 

そこで曹操は一計を案じて「この先に梅林があるぞ」と兵士たちに伝えました。

兵士たちは梅をイメージすることで一時的でも喉の渇きを忘れることができ、

目的地に到達することができました。

 

戦争に勝利するためには、時には嘘も方便だということでしょう。

 

梅林止渇の意味は?

 

このエピソードが故事となり、「梅林止渇」という四文字熟語が生まれました。

要するに「現状の問題を打開するために他の何かを利用して一時的にしのぐ」という意味になります。

 

宋の時代に編纂された「世説新語」にはこのようなエピソードが多数紹介されています。

孔融(こうゆう)鍾会(しょうかい)の話も登場しますが、曹操の梅林止渇はこの中では、

他人を巧みにあざむいた話として「仮譎篇」に記載されています。

 

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梅を望んで渇きを止むの意味は?

 

梅林止渇と内容は同じです。

ただし、この場合は詭弁を弄して相手をだますというよりも、

人はイメージすることによって多少の困難は克服することが可能であるというポジティブな

意味合いとして後世に伝わっています。

 

「もう水源が近いぞ」でも兵士を元気づけられると思うのですが、

曹操はあえて水という言葉を口に出しませんでした。より渇きを覚えるからでしょう。

「小梅の熟した林があるぞ」と伝えたところにポイントがあります。

 

梅をイメージすることで兵士は唾をわかせたために、

実際に渇きを忘れることができたのです。

イメージの力は凄いですね。

 

現代でも気分や環境で不治の病が快方に向かったという話は耳にします。

ポジティブなイメージはそれだけ人を元気にし、

限界以上の力を発揮させることができるのかもしれません。

 

曹操の小升

 

同じような話に「曹操の小升」というものがあります。

 

兵糧不足に困っていた曹操は兵糧管理の者に小さな升を使うように指示します。

これにより兵糧の減りはかなり抑えることができました。

しかし配給が減ったために兵士からは当然のように不平不満が出てきます。

命をかけて戦っているのに満足に飯も食べられないのです。

下手をすると暴動に発生するような事態です。

 

ここで曹操は兵糧管理の者に「お前の首がほしい」と言って、

その者を処刑し、兵糧の横領の罪を着せて穏便に事態を鎮めています。

 

まさに梅林止渇と同様で、

現状の問題を打開するために他の何かを利用して一時的にしのいだのです。

敵であっても優秀な人材を配下として

起用する曹操の思考もこの延長戦上にあるのかもしれませんね。

利用するものは徹底的に利用するという冷酷なまでの合理性です。

   

三国志ライターろひもとの独り言

 

ありとあらゆる知恵を活用し、工夫しなければ耐えきることができないほどに

曹操軍は激戦を繰り広げていたわけです。

並みの君主ではとても生き残ることはできなかったでしょう。

呂布(りょふ)袁術(えんじゅつ)袁紹(えんしょう)

劉表(りゅうひょう)にあっさりと滅ぼされていたはずです。

 

曹操だからこそこれだけの勢力を相手にして戦い抜けたのです。

敵味方のメンタル面も巧みに操り、味方の士気を上げたり、

敵の士気を下げるような戦術も多用したことでしょう。

曹操はやはりしたたかですね。

 

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-三国志の雑学, 執筆者:ろひもと理穂
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