キングダム
姜維特集


はじめての三国志

menu

三国志の雑学

【三顧の礼】演義の諸葛亮は居留守を使って自分を高く売った!?

3000人の配下で孔明の庵を包囲する武闘派な劉備




三顧の礼と劉備と孔明

 

劉備(りゅうび)諸葛亮(しょかつりょう)を自分の幕僚に加えるために、諸葛亮(いおり)を三度も訪問したという三顧(さんこ)の礼。

三国志演義(さんごくしえんぎ)では、最初の二度の訪問では諸葛亮が留守だったことになっています。

一度目の訪問はなんの準備もなく出かけたので留守でもしかたがありませんが、

二度目には劉備は諸葛亮の在宅を確認してから出かけています。

庵の門番に「先生はご在宅か」とたずねると、「部屋で読書中です」との返事。

なのに、中へ入ってみると諸葛亮はいませんでした。

これはもしや、居留守を使って隠れたのではないでしょうか?

ということで、三国志演義の諸葛亮の居留守説を立ててみます。

 

※本稿で扱うのは三国志演義の内容です

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:【三国志平話】三顧の礼の諸葛亮が仙人で居留守

関連記事:臥龍は起つ気まんまんだった!?三顧の礼のやらせ劇を詩から読み解くよ

 

 

一度目の訪問からして疑わしい

司馬徽

 

演義の三顧の礼は、一度目の訪問からして怪しいです。

訪問の前日に、劉備水鏡先生(すいきょうせんせい)こと司馬徽(しばき)に会っています。

司馬徽はかつて劉備に龐統(ほうとう)諸葛亮(しょかつりょう)をオススメしていた人物。

再び劉備の前にふらりと現れて、「諸葛亮は周王朝八百年を興すのに貢献した姜子牙(きょうしが)

漢王朝四百年を興すのに貢献した張良(ちょうりょう)に比肩する人材である」と激オシ猛プッシュして帰りました。

司馬徽は諸葛亮の恩人・龐徳(ほうとくこう)兄事(けいじ)しており、隠士仲間の間では

諸葛亮とはちょっと薄い叔父と甥くらいの間柄ですので、劉備に諸葛亮を猛プッシュした後は

おそらく諸葛亮に「さっき劉備に君のことを激オシしといたから」と一報入れたことでしょう。

だとすれば、諸葛亮は近々劉備が来るだろうと自宅にスタンバイするはずです。

劉備は司馬徽のプッシュを受けた翌日に諸葛亮を訪問していますから、

諸葛亮は在宅していたのではないでしょうか。

 

 

劉備に会いたくないから逃げ出したという可能性は?

劉備に会いたくないから逃げ出したという可能性は?

 

司馬徽から「近々劉備が来るよ」と言われたからこそ留守だったとも考えられますね。

もしも諸葛亮が劉備に絶対会いたくないと思っていれば、劉備が来る前に逃げ出すところでしょう。

会いたくないから外出した。一度目の留守は本当に留守だった。こう結論付けることもできそうです。

しかし、会いたくなかったということはないはずです。

それは諸葛亮が作ったという歌を見れば分かります。

 

蒼天は円蓋のごとく 陸地は棋局のごとし

世人は黒白に分かれ 往来して栄辱を争う

栄える者は(おのずか)ら安安たり 辱めらるる者は定めて碌々たらん

南陽に隠者あり 高眠して臥せども足らず

 

これは劉備が諸葛亮の庵へ行く途中に庵の近所の農夫が歌っていたものです。

意味としては、天下の情勢を碁に例えながら、“不利な情勢にいる人は大変ですね。

手助けできる隠者がここにいますよ。私はいつまでも隠遁していたってかまいませんがね”

と言っております。不利な情勢にいる人とは、劉備のことを言っているとしか思えません。

あんたを助けてやってもいいぜ、俺を起こしに来いや、というお誘いソングです。

諸葛亮は劉備に会ってもいいと思っていました。

 

人に話したくなる三国志の一騎打ち特集
一騎打ち

 

一度目の訪問が居留守くさい理由

桃園三兄弟の三顧の礼

 

司馬徽から知らせを受けたなら、劉備に興味のあった諸葛亮は自宅に待機していたはずです。

しかし、劉備が庵に到着し、門番に「先生にお目にかかりたい」と言うと、門番は

「先生は今朝ほど外出しました」と答えます。

劉備「どちらへ行かれたか。いつ頃戻られるか」

門番「どこへ行くとも定まっておりません。三日のこともあれば十日以上のこともあります」

諸葛亮はこういう不羈(ふき)な外出の仕方をするキャラのようです。

 

※不羈:自由気ままで他人に束縛されない事

 

ところで、二度目の訪問の時には「先生はご在宅か」と聞かれた門番は「部屋で読書中です」と

答えるのですが、その時は諸葛亮は不在で弟の諸葛均(しょかつきん)だけが在宅しており、

門番の返事は “弟のほうの先生なら在宅している”という意味にとれます。

だとるすと、門番は諸葛亮か諸葛均のいずれかがいれば「在宅」と返事するはずです。

とすると、一度目の訪問時に「今朝ほど外出しました」というのは、諸葛亮と諸葛均が二人そろって

今朝外出してしまったという意味になります。

しかし、これはおかしいです。

どこへ行くかもいつ戻るかも分からない外出に、二人そろって出かけるでしょうか。

庵のあるじは諸葛兄弟なのに、女子供や下人だけを残して不羈の外出をするとは非常識です。

これはやっぱり居留守くさいです。

門番に、近々劉備が来るから留守だって言っとけよ、と指示してあったのではないでしょうか。

 

居留守を使う意味

居留守を使う諸葛亮

 

諸葛亮が劉備に興味を持ちながら居留守を使ったとすれば、それは何のためでしょうか。

軽々しく会うよりも、何度か無駄足を踏ませてじらして自分を高く売るためではないでしょうか。

幕僚として劉備に仕えることを考えた場合、採用活動の時にお手軽な奴だと思われてしまうと

その後も大事にしてもらえないので、相手が自分を一番欲しがっている時にさんざん()らして

もったいつけて高く売りつけて、採用された後も自分のことを下にも置かず厚遇せざるを得ない

ような関係を築きたかったのだろうと思います。

 

二度目の訪問もきっと居留守!

諸葛均

 

一度目の訪問は居留守くさかったですが、二度目はもっとくさいです。

一度目は電撃訪問で失敗した劉備、二度目には諸葛亮の在宅を確認してから訪問しています。

劉備が門番に「先生はご在宅か」と聞いたら、門番は「部屋で読書中です」と答えます。

しかし中には諸葛均しかいませんでした。

 

門番は諸葛亮か諸葛均かどっちかがいればいいんだろうと思って「部屋で読書中」と言ったのかも

しれませんが、普通は「大先生は外出中ですが小先生は部屋で読書中です」と言いますよね。

門番というものは主人の交友関係などは把握しているものですから、

司馬徽が劉備に諸葛亮を推薦したことぐらい知っているはずです。

門番の「部屋で読書中」という返事は、諸葛亮のことを言ったのだと思います。

しかし諸葛亮は、“ちょっと待て、今日は劉備に会うのはまだ早い”と思ってダッシュでどこかに

隠れたのではないでしょうか。そして、弟に応対させて、やりとりを盗み聞きしながら劉備の人物を

見極めようとでも考えたのだと思います。

劉備をじらす効果と、劉備を観察する機会を得られること。

この居留守は一挙両得です。

また、この時に弟・諸葛均がうたった歌から察するに、諸葛均も劉備に仕えたい気があったよう

ですので、諸葛亮は自分が劉備の知遇を得る前に弟にチャンスを与えたのかもしれません。

“劉備は俺のことは無視できないはずだが弟のことは分からん。

先に弟を掴ませておけば二人まとめてご採用だ”と考えたのではないでしょうか。

なお、諸葛均の歌は、自分のことを(おおとり)にたとえながら“いい主がいればボクは仕えるよ”と

うたったものです。詳しくは他の記事で書きましたのでご興味があればそちらもぜひ。

 

三国志ライター よかミカンの独り言

三国志ライター よかミカンの独り言

 

三国志演義の三顧の礼は、予定調和のニオイがぷんぷんします。

司馬徽が劉備の前に出没し始めた時から、諸葛亮は劉備に仕えるつもりだったのでは

ないでしょうか。さらに言えば、司馬徽と諸葛亮があらかじめ

“劉備は君が飛躍するためにはいい道具じゃないか?”

“僕もそう思っているんですよ。言いなりにさせるためにどんな小芝居を打とうかと考えているところです”

 

とでも打ち合わせをしてから、司馬徽が劉備に諸葛亮の情報をもたらしに行ったのかもしれません。

司馬徽と劉備の初めての出会いも、司馬徽は劉備がその日そのあたりを通ると読んだうえで

下僕を哨戒させて劉備を確保したように見える描写です。

司馬徽は人物鑑定家として名をなしている人ですから、劉備がいつどこでどんな目に遭うかぐらい

分かる情報力を持っていたことでしょう。

 

お手元に三国志演義がありましたら、司馬徽と劉備の初対面あたりから三顧の礼を

お読みになってみて下さい。疑えば疑うほどニヤリとできて、きっと面白いと思います!

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:【三顧の礼】孔明トコの天才童子が劉備に冷たすぎる件

関連記事:【異説三国志】三顧の礼はホントはなかったかもしれない!

 

日本古代史を分かりやすく解説「邪馬台国入門はじめての邪馬台国

 

 




よかミカン

よかミカン

投稿者の記事一覧

三国志好きが高じて会社を辞めて中国に留学したことのある夢見がちな成人です。

個人のサイトで三国志のおバカ小説を書いております。

三国志小説『ショッケンひにほゆ』

【劉備も関羽も張飛も出てこない! 三国志 蜀の北伐最前線おバカ日記】

何か一言:
皆様にたくさん三国志を読んで頂きたいという思いから わざとうさんくさい記事ばかりを書いています。

妄想は妄想、偏見は偏見、とはっきり分かるように書くことが私の良心です。

読んで下さった方が こんなわけないだろうと思ってつい三国志を読み返してしまうような記事を書きたいです!

関連記事

  1. 孔明南東の風 【新事実】三国志演義の孔明!実は絶大な人気を誇った天才軍師をモデ…
  2. 呂布に暗殺される董卓 董卓が殺害された原因と三国志に与えた影響とは?
  3. 孔子の弟子であり文学が得意な子夏 漢唐訓詁学なんてのがあるけど、漢と唐って似てた?それとも全然違っ…
  4. 劉寵と袁術 マイナーですまん!袁術に滅ぼされた陳王 劉寵(りゅうちょう)
  5. 兵戸制 曹操「なんでも上手に使えばいい!屯田制と兵戸制じゃ!」
  6. 怒る陳宮 陳宮の珍エピソード?実は主君・呂布が大嫌いだった?
  7. 曹洪と曹操 【曹操の人心掌握術】身内よりも部下を優先せよ
  8. 夷陵の戦いで負ける劉備 【新事実】夷陵の敗戦は荊州出身者への忖度の結果だった!

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA


google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 張飛 本 学問 三国志
  2. 徐庶をゲットする曹操
  3. 疫病が流行った村
  4. 薩長同盟が結ばれるシーン 坂本龍馬と西郷隆盛と桂小五郎
  5. 三国志 象兵
  6. キングダム52巻

おすすめ記事

  1. 三国志時代のセキュリティはどうなっていたの?何でもかんでも機密保持じゃい!
  2. 井伊直弼には家紋が二つあるのはどうして?
  3. 馬超は許チョにビビって何にもできなかった!?一騎打ちもウソ? ボロボロになった馬超
  4. 明智光秀の手紙から本能寺の変の真相に迫れるか? 燃える本能寺
  5. 劉備は二刀流の達人だったのか?劉備が双剣を所持していた理由 二刀流の劉備
  6. 天照大神は卑弥呼がモデルだった?卑弥呼の正体に迫る! 亡くなる卑弥呼

三國志雑学

  1. 孔明の罠
  2. 陸遜
  3. 曹操と機密保持
  4. 孔明のテントがある野外のシーン
  5. 黄権


“はじめての三国志コメント機能" “はじめての三国志150万PV" “はじめての三国志Youtubeチャンネル" “広告募集" “誤字・脱字・誤植などの報告フォーム"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. おんな城主 直虎
  2. 劉禅
  3. 孫権 冠
  4. 曹操 女性の敵? 鄒氏
  5. 孔明
  6. 劉禅
  7. 黒田官兵衛

おすすめ記事

華雄(かゆう) 華雄って強い将軍?それとも雑魚将軍?華雄の強さを考察 西郷隆盛は大家族!幕末ビッグダディを解説 田中角栄 【5分で分かる】田中角栄とは何者なの?戦後最大の庶民宰相をザックリ紹介! 魏の移民政策のプロ、田豫(でんよ) 田豫(でんよ)とはどんな人?魏の国境付近の平和を勝ち取っていた異民族政策のプロ 読者の声(2018年9月1日〜21日) 張遼・楽進・李典 2分で分かる合肥の戦い その3 曹操の秘策と張遼・李典・楽進 キングダム52巻 キングダム585話ネタバレ予想堯雲を討ち取るのは羌瘣?その3つの理由 曹操(後漢王朝)とローマ帝国 『三国志』の時代、世界の歴史はどんな感じだったの?

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集 誤字・脱字・誤植などの報告フォーム はじめての三国志コメント機能
“水滸伝"

“三国志人物事典"

“はじめての三国志コメント機能"
PAGE TOP