ログイン | 無料ユーザー登録


麒麟がきた
ぐっすり眠れるながら三国志


はじめての三国志

menu

三国志の雑学

白狼山の戦いは曹操もちょっぴり後悔?

曹操


はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

曹操

 

官渡の戦いで袁紹(えんしょう)を破った曹操(そうそう)軍。

この戦いで曹操は天下に王手をかけるまでになったと言われていますが、官渡の戦いの後には曹操軍がかつてないほど疲弊(ひへい)することになる

戦いが待っていました。

その戦いの名は白狼山(はくろうざん)の戦いです。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:三国志の時代にも暗号があった!陰書と陰符

関連記事:曹操、生涯最大の苦戦 白狼山の戦い|烏桓討伐編

 

 

烏桓のもとへ逃れた袁尚

烏桓のもとへ逃れた袁尚

 

袁紹の死後、袁家では跡継ぎ争いが勃発します。

このお家騒動で袁家がますます衰えていき漁夫の利を得ることを狙っていた曹操でしたが、袁煕・袁尚が異民族・烏桓を頼って亡命してしまいます。

 

 

烏桓征伐をすべきか否か

烏桓賊

 

「異民族を味方につけて袁家が再び盛り返して来たら…」

そんな不安が頭をよぎる曹操。

臣下たちに意見を問うと、

「烏桓が袁尚を利用することはあっても袁尚のために烏桓が出てくることはないでしょう。

むしろ今は劉備劉表の動向に注意をはらうべきです。」

との答えが返ってきました。

 

曹操はこの意見を受け入れようとしたのですが、

群臣たちの意見に異を唱える者が一人。

 

郭嘉です。

郭嘉

 

郭嘉

「烏桓は遼西という遠方の地にいることを良いことに何の防備もしていないでしょう。

今不意を突けば必ず平定できます。

むしろ今を置いて他に烏桓を征伐する好機はございません。

劉表劉備を使いこなす器量はありませんから、

国を空にして北方遠征に向かっても問題ありません。」

と熱弁をふるいました。

 

郭嘉の力強い言葉に後押しされた曹操はついに烏桓征伐を決意したのでした。

 

【はじめての三国志平話】
三国志平話


 

長雨の中の行軍

曹真

 

いよいよ烏桓討伐に出ることになった曹操軍。

 

郭嘉は進軍するにあたり、兵は神速を貴ぶとして昼夜問わず進軍を続けることを献策しました。

曹操もこれを受け入れ、遥か遠くの遼西の地に猛スピードで進軍することを決意します。

ところが、あいにくその時の天候は悪く、長雨が続いていたことによって道がぬかるんでいたり烏桓によって街道が塞がれていたりしていたため

行軍を続けるには大変困難な状況でした。

 

しかし、雨で曹操軍が足止めされているはずだと思い込んでいる烏桓の虚を突くべく、

「雨で進軍できないから一時撤退する。秋冬まで進軍を取りやめる」

と書いた立札を作って烏桓を欺き、烏桓が油断しきっている間に曹操軍は間道を通って進軍を続けたのでした。

雨の中での七百里以上の行軍は曹操軍にとって大変過酷なものだったはずです。


  

 

 

白狼山で激突

白狼山で激突するも苦戦する曹操

 

曹操が大凌河の渓谷まで軍を進めた頃、烏桓(うかん)はようやく曹操軍が足元にまで迫ってきていることに気づいて大慌て。

烏桓も急ごしらえの軍で出撃し、両者はついに白狼山で激突しました。

 

しかし、心の準備ができていなかった烏桓の軍勢は及び腰で、曹操軍によってあっという間に壊滅させられてしまったのでした。

ちなみに、袁尚・袁煕は命からがら遼東太守のもとへ逃れていきました。

 

黄河以北を統一したものの…

郭嘉が亡くなり悲しむ曹操

 

袁尚(えんしょう)袁煕(えんき)を追うべきかと考えた曹操陣営でしたが、郭嘉は遼東太守がそのうち袁尚・袁煕の首を差し出してくると考えて

撤退することを進言しました。

 

曹操は郭嘉の進言を受け入れ、引き返すことにします。

 

帰還を開始した頃、郭嘉の言葉通りに袁尚・袁煕の首が送られてきて袁家は滅亡。

さらに烏桓も曹操に完全服従し、重要な兵力の供給源となることに。

しかし、夏の雨の行軍も辛かったのですが、冬の乾期の行軍も思いの外辛いもので、曹操軍は水や食料の不足に悩まされました。

 

地獄のような行軍が終わった後、曹操は烏桓征伐を反対した者を呼び出し、

 

「天が我々に味方してくれたおかげでなんとか危機を乗り越えられたが、得たものは少なく大変危険な行軍であった。

諸君の諫言は万全の計略であった。今後も渋ることなく諫言をしてくれ。」

と言って恩賞を取らせました。

 

一方、

烏桓征伐を決意させた郭嘉は厳しい行軍の末に風土病にかかって若くして亡くなってしまいます。

曹操は若すぎる天才の死をそれはそれは悲しんだと言います。

 

三国志ライターchopsticksの独り言

三国志ライターchopsticksの独り言

 

白狼山の戦いでの勝利によって華北統一を果たした曹操ですが、地獄のような行軍を体験し、もうこりごりと思ったに違いありません。

しかし、郭嘉の進言通りに烏桓を叩いておかなければ烏桓や袁家は後顧の憂いとなったことでしょう。

北の脅威を先に取り除いておいたことは後に劉備孫権と争うことを考えれば間違いなく必要なことだったと思います。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:羌・鮮卑・烏桓だけではない!南の異民族を徹底紹介

関連記事:盧植とはどんな人?不正と悪を憎み酒を愛した武闘派学者の人生

 

人に話したくなる三国志の一騎打ち特集
一騎打ち

 


 

chopsticks

chopsticks

投稿者の記事一覧

清朝考証学を勉強中。
銭大昕の史学考証が専門。
片田舎で隠者さながらの晴耕雨読の日々を満喫中。

好きな歴史人物:
諸葛亮、陶淵明、銭大昕

何か一言:
皆さんのお役に立てるような情報を発信できればと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。

関連記事

  1. 長安(俯瞰で見た漢の時代の大都市) 遷都とは?中国の皇帝はイメチェン好き!遷都のメリット・デメリット…
  2. 袁術と呂布 呂布をリトマス試験紙にして群雄の性格を鑑定してみた
  3. 部下をいじめる曹丕 なんか意地悪なイメージがあるけど、曹丕って実際どんな人だったの?…
  4. 怒る陳宮 陳宮は呂布が大嫌いで殺害を企んでいた!本当は呂布を裏切るつもりで…
  5. 司馬昭 司馬昭ってチョー有能?それとも親の七光りだったの!?
  6. 曹昂(曹昴) 【宛城の戦いIF】もしも曹昂が生きていたらどんな影響があったの?…
  7. 三国志時代のセキュリティはどうなっていたの?何でもかんでも機密保…
  8. 怒る陳宮 陳宮の珍エピソード?実は主君・呂布が大嫌いだった?

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA


google検索フォーム

過去記事を検索できます


“ながら三国志音声コンテンツ開始" “読者の声" “はじめての三国志Youtubeチャンネル" “誤字・脱字・誤植などの報告フォーム" “はじめての三国志コメント機能"
“はじめての三国志読者の声"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 羌族
  2. 劉寵と袁術
  3. 王粲
  4. 反董卓軍010
  5. 酒井忠次
  6. 反乱を起こす郝萌(かくぼう)と曹性
“朝の仕度にながら三国志ver3"

おすすめ記事

108話:三国志を牽引した風雲児曹操、志半ばで死ぬ 董卓 日中対決!後漢をぶっ壊した董卓と貴族政治を破壊した源義仲 三国志を楽しむならキングダムや春秋戦国時代のことも知っておくべき! 夷陵の戦いで負ける劉備 夷陵の戦いにおける劉備の大敗は避けようがなかったの?臥竜鳳雛が揃っていたら? 曹植 【曹髦編】三国最強の魏はなぜ滅びることになったの? 甄氏(しんし) 思わずホロリ!曹丕の妻・甄氏(しんし)の人情に訴え掛ける名エピソード 服部半蔵 明智光秀と服部半蔵は同一人物だった?伊賀を越えた光秀に迫る 三国志時代の楽しい農村!当時の農業とはどんなのがあったの?

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “はじめての三国志企画特集" “つながるはじめての三国志" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
“歯痛の歴史"
“三国志読み放題サービス"
まだ漢王朝で消耗してるの?
君主論
ビジネス三国志
ながら三国志音声コンテンツ
春秋戦国時代
架空戦記
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集 誤字・脱字・誤植などの報告フォーム はじめての三国志コメント機能
“邪馬台国"

“三国志人物事典"

“つながるはじめての三国志

“はじめての三国志Youtubeチャンネル"

“ながら三国志音声コンテンツver3"
PAGE TOP