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袁尚(えんしょう)とはどんな人?兄と争ったせいで袁家をつぶしてしまった漢

この記事の所要時間: 638




袁紹、袁尚、袁譚

 

袁紹は三人の息子の中で一番袁尚を可愛がっておりました。

しかし彼は後継者を決めないまま亡くなってしまいます。

後継者を決めない事が原因で、兄・袁譚(えんたん)と三男・袁尚(えんしょう)は

袁家を二分して争い始めます。

この争いが原因で袁紹が一代で築いた立派な国は亡くなってしまいます。

 

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三国志の時代は容姿が大事

許劭 許子将

 

三国志の時代は人の顔にその人の能力などが反映されていると考えられていた時代です。

という事はイケメンでカッコよければ、

成長した時にかなりの能力を持った人物になるはずです。

袁紹は自分の三男である袁尚(えんしょう)のカッコよさに惚れ、

彼を大いに可愛がります。

 

朝まで三国志 劉備

 

しかし曹操劉備孫堅らがイケメンであったという記載はありません。

ですから顔が良くても結局、能力は自分自身が努力しないと伴わないという事です。

 

 

カッコ良くて武勇にも秀でていた

袁紹の妃04 劉氏、袁尚

 

袁尚は幼い頃から両親から大いに可愛がられます。

彼が青年になると武と文学を磨きます。

また彼は成長するにつれて、どんどんカッコよくなっていきます。

袁紹は成長するたびにカッコよくなる三男を後継者にしようと考え始めます。

 

まだ漢王朝で消耗してるの?

まだ漢王朝で消耗しているの  

 

袁紹死す

袁紹逝く! ゆるキャラ

 

袁紹はこうして三男を可愛がっていましたが、官渡の戦いに敗北してことがきっかけで、

彼は亡くなってしまいます。

この時彼は、自分の後継者を決めることをしませんでした。

理由は不明です。

後継者を指名することができないほど弱っていたのか。

それともほかに何か後継者の指名ができない理由があったのか、

詳しい事はわかりませんが、厳然とした事実は後継者を指名しなかった事が原因で、

袁家は大変な事になります。

 

骨肉の争いのきっかけとなった「袁家の頭領を詐称」

三国志 月

 

袁尚は父・袁紹が亡くなると彼の側近であった逢紀(ほうき)と審配(しんぱい)が

袁紹の遺言を勝手に作って袁尚を袁紹の後継者として擁立して、鄴城を居城として

居座ります。

兄・袁譚は袁尚が袁紹の後継者を名乗った事で激怒。

彼は鄴城付近にある黎陽城に駐屯します。

 

袁譚の援軍要請を断る

曹操

 

その後曹操が黎陽(れいよう)城へ兵を進めてきます。

袁譚は自分の兵が少ない事を感じ、袁尚へ援軍を送ってくれるように要請します。

袁尚は逢紀に少数の兵を付けて、「援軍要請を断わって来い」と

袁譚の元へ赴かせ赴かせます。

袁譚は逢紀から援軍を送ることはできないといわれると彼を処断し、袁尚を恨みます。

袁尚も逢紀を斬られ、兄袁譚を恨みます。

こうして二人の兄弟は修復不可能なほど険悪な状態になります。

 

自分の本拠地が危機になる事から嫌々援軍を出す

曹操 真田丸

 

袁尚は一度兄の援軍を断りますが、

黎陽は鄴城から非常に近くこの地が陥落すると、

自分の居城である鄴城(ぎょうじょう)が曹操軍の脅威に脅かされると感じた

彼は嫌々ながら援軍を出す決意をし、自ら軍を率いて黎陽へ向かいます。

こうして袁譚・袁尚が協力して曹操に戦いを挑みます。

 

兄弟協力して曹操に立ち向かうが…

現実主義曹操

 

袁家の兄弟は協力して曹操に戦いを挑みます。

彼らは激しく曹操軍に対抗し、

曹操も協力した彼らの軍勢の力に苦戦します。

しかし曹操軍の激しい攻撃の前に袁家兄弟は敗れてしまい、

黎陽の城に退却します。

その後袁家兄弟は黎陽の城を放棄し、袁尚と袁譚は鄴城へ退却。

 

曹操がいなくなると血みどろの戦いが始まる

魔王曹操

 

曹操は黎陽を陥落させると、本拠地である許(きょ)へ退却します。

曹操がいなくなると袁尚と袁譚は鄴城外で激しく争い始め、

袁尚は袁譚に勝利をおさめます。

袁譚は袁尚に敗北すると平原に退却していきます。

袁尚はそのまま袁譚が逃亡した平原を包囲し猛攻を開始。

平原城は袁尚の猛攻によって陥落寸前まで追い詰められます。

袁譚は袁尚に敗北するくらいなら曹操に降伏する道を選びます。

 

兄を再度攻撃するが・・・

表情 曹操03

袁尚(えんしょう)は兄が曹操と結んだ事を知ると激怒し、再び兄の居る平原城へ攻撃を行います。

袁譚(えんたん)は弟が平原城へ進軍している事を知ると早速曹操へ援軍を要請。

袁譚の援軍要請を受けた曹操は袁尚のいない鄴城(ぎょうじょう)を攻略するべく、

大軍を出陣させます。

袁尚は平原城へ攻撃を仕掛けている最中に鄴から使者がやってきて

「殿。曹操が鄴城を包囲し始めました。殿が鄴近辺に来た時に狼煙を上げてくれれば

城門をあけて曹操軍を挟み撃ちすれば必ず勝てます。

この作戦を実行するために早めに帰ってきていただけないでしょうか。」と

救援要請を受けます。

彼はすぐに平原城の攻撃を中止して鄴城救援に向かいます。

 

 

挟撃作戦は失敗に終わり曹操軍に大敗

曹操

袁尚は軍勢を率いて鄴近辺にやってくると鄴城の守将である審配(しんぱい)が提案した

挟撃作戦を実行するために狼煙を挙げます。

審配は袁尚が上げた狼煙を見ると城内からも狼煙を上げた後城門を打って出ます。

曹操は袁尚の軍勢が近辺にやってきていることを調査員から報告を受けており、

城門から袁尚軍が攻撃を仕掛けてきても万全の備えでもってこの軍勢を城内に押し戻し、

後方から攻撃を仕掛けている袁尚軍に対して陣形を敷いて、

袁尚軍を撃破するべく迎撃を行います。

この戦いで袁尚軍は散々に曹操軍に敗北してし率いていた軍勢は散り散りになり、

袁尚は二番目の兄である袁煕(えんき)が領有している幽州へ向かって逃走します。

その後審配が守っていた鄴城は袁尚がいなくなった後も孤軍奮闘しますが、

城内からの内応によって城門が開かれ、陥落することになります。

 

 

再び逃走

曹操50万の兵

袁尚は兄・袁煕の元へ無事に到着するとこの地で曹操と対決するために力を蓄えようと考えます。

しかし長男袁譚が曹操に殺害されて後、袁煕の部下達が兵を率いて曹操に寝返り。

そして袁煕の部下達は兄弟二人に攻撃を仕掛けてきます。

袁煕と袁尚は突然の部下の裏切りに対して対応できず、再び逃走することになります。

彼らが逃げた先は幽州で割拠している烏丸族の元を目指して行きます。

 

 

鳥丸族と袁家の絆

烏桓

 

鳥丸族は袁尚の父である袁紹の代から親しく付き合っており、

袁紹からは「単于」の称号を貰っていました。

鳥丸族は袁紹からもらった「単于」の称号が非常に嬉しかったらしく、

袁家と親密な関係を築いていくことになります。

このような経緯から袁家の兄弟が鳥丸族の元へ逃げ込んできた時に、

彼らは袁家の兄弟を快く受け入れます。

 

 

郭嘉の進言に従って北伐開始

郭嘉

曹操は河北のほとんどを手中に収めることに成功します。

しかし袁家の兄弟は鳥丸族に匿われており健在でした。

彼は袁家兄弟を滅ぼすことために北伐するべきか、

それとも南へ兵を進めて荊州に居る劉表討伐へ向かうか迷っていたため、

諸将を呼んでどちらを優先するべきか会議を行います。

諸将は「どのような土地かもわからない場所へ遠征に出ている間に、

劉表が攻めてきては対応できないので、先に荊州を攻略した後に北伐するべきだと思います。」と

述べます。

しかし軍師である郭嘉は「殿。ここで袁家兄弟の討伐を見送れば彼らが河北奪還のために

攻撃を仕掛けてくるでしょう。袁家の名声は河北ではまだ生き残っており、

彼ら兄弟を慕う豪族や農民達が反乱を起こせば、鎮圧するために数年を要することになります。

この時に劉表が北上してきて攻撃を仕掛けてくることになれば、

それこそ対応ができない混乱した状態になるでしょう。

そこで何もしてこない劉表を後回しにして、

袁家兄弟を滅ぼすために北伐を行った方がいいでしょう。」と進言。

曹操は両者の意見はどちらも的を得ているために迷ってしまいますが、

郭嘉が何回も「北伐するべし」と進言してきたことがきっかけで、

曹操は袁家兄弟を滅ぼすために北伐へ出陣する決意を固めます。

 

関連記事:郭嘉(かくか)ってどんな人?|曹操が最も愛した人物

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軽騎兵のみを率いて進撃

郭嘉
曹操は大軍を引き連れて鳥丸(うがん)族の領内に侵入していきます。

この鳥丸族の領地は非常に荒れ果てており、道も舗装されていなくて悪路が続きます。

郭嘉(かくか)は偵察者の報告によって鳥丸族が白狼山(はくろうざん)に登っている事と

戦闘準備を整えていない様子を知ると、

曹操に「敵は未だ準備が整っていないようです。兵糧などを輸送している部隊と歩兵を切り離して、

軽騎兵のみを率いて攻撃を仕掛ければまず間違えなく大勝利を収められると考えます。」と

進言。

曹操は郭嘉の進言に従って兵糧などを運んでいる輸送隊の隊長と歩兵を率いている隊長を呼び

「お前達は後からついてこい。」と命じると

曹操は張遼(ちょうりょう)、郭嘉を従えて軽騎兵のみを従えて白狼山へ向かって進撃します。

 

 

余裕で構えている鳥丸・袁家連合軍

郭嘉

鳥丸族は曹操軍が幽州近辺に来ていることを知ると、

本拠地である柳城(りゅうじょう)を出陣して、白狼山へ駐屯します。

この地で鳥丸族は急がず焦らずのんびりと陣地を構築していました。

袁家も鳥丸族から貸してもらった兵力を率いて白狼山へ到着すると、

彼らものんびりと陣地構築を行います。

こうして両陣営がのんびりしている雰囲気をぶち壊す報告が入ってきます。

その報告は「曹操自ら軍を率いて白狼山へ向かって進撃中である」と知ります。

すると鳥丸族の軍事権を握っていた蹋頓(とうとん)は諸王へ対して

「早く迎撃の陣を作れ、急がなけらばやられてしまうぞ」と大声を張り上げて命じます。

しかし曹操軍の速さには間に合うことができませんでした。

 

 

袁家・鳥丸連合軍VS曹操軍

郭嘉

曹操は白狼山へ到着するとすぐに山を登って攻撃を開始。

蹋頓率いる鳥丸族は曹操軍がこんなに早く来るとは思っていなかったので、

準備を怠っており曹操軍の攻撃を受けて大混乱に陥ってしまいます。

そんな大混乱の状況を見て袁家の兄弟達は必死に戦いますが、

曹操軍の攻撃の前に為すすべもなく鳥丸族から借り受けた兵士を討たれてしまいます。

蹋頓は曹操軍に対して自らの兵士を率いて突撃を仕掛けますが、

張遼に討ち取られてしまいます。

こうして鳥丸族は蹋頓が討ち取られてしまったことで戦う意志を無くしてしまい、

次々に曹操軍へ降伏していきます。

袁家の兄弟達は鳥丸族が降伏していく様子を見ながら、

鳥丸族の単于や諸王達とともに遼東半島で割拠している公孫氏の元へ逃走します。

 

 

逃亡旅の終着点となった公孫氏

三国志 月

 

遼東半島を長年領有している公孫氏。

袁家の兄弟が逃げ込んだ時の領主は公孫恭(こうそんきょう)という人物で、

曹操と争わずに独立勢力として生き残るために逃げ込んできた袁家兄弟の二人を殺害して、

曹操に彼らの首を渡す決意を固めます。

公孫恭は宮殿に彼ら一行を呼ぶとすぐさま兵士を招き入れて彼らを捕縛した後、

殺害します。

袁家の名声と広大な領土を持っていた袁家一族は無残な最後を迎えることになります。

 

 

三国志ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

袁紹がもし後継者をしっかりと決めていればこのような騒ぎにならずに、

曹操に抵抗していたかもしれません。

また袁尚と袁譚が二人で力を合わせて曹操と戦っていれば、

三国志にはならずに他の群雄が曹操の領地へ攻撃を仕掛けて、

大混戦状態が中原に広がっていたかもしれません。

このように考えると曹操が運の強い人であると感じるのは私一人でしょうか。

「今回の三国志のお話はこれでおしまいにゃ

次回もまたはじめての三国志でお会いしましょう。

それじゃあまたにゃ」

 

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黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

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横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

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